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短編集35(過去作品)

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「間違っていないことでも、倫理に反することに関しては怒りを露にする人だったよ。例えば電車に乗っていて、座るところがなくて、自分も立っているとするだろう」
「ええ」
「近くに老人がいて、その前に若者が座っていたりすると、その若者に怒るんだよ。席を譲れ、ってね」
「勇気があるわね」
「そうなんだ。今の時代、下手なことを言えば逆キレされるからね。でも、最初から威圧的な態度で行くから、相手もビックリするみたいで、大抵は席を譲るよ」
「威厳があったのね」
「元々の人相も、お世辞にもいいとは言えなかったから、怒った時の顔は、本当に怖かったんだよ」
 そんな父に対し、私は絶えず反感を持っていた。いくら正当性があっても、顔や雰囲気で威圧する父の強引さには閉口していた。
 茜との会話の中で一番嫌なことは、父のことを話題にする時だ。しかし、茜の父は転勤の多い仕事をしていて、そのため単身赴任が多い。父親へのコンプレックスを持っているのだろう。少しくらいなら話をしてあげたいというのも茜に対する気持ちである。
 茜の父親は私の父と違って、あまり怒ることがなかったらしい。たまにしか会えない家族なので、当然のことなのだろうが、それでも私には信じられない。
――厳格で、絶対的な存在――
 というのが父親だと思っている私にとって、茜の求める父親像が見えてこないのだ。
 ベッドの中で眠ってしまった茜の寝言で、
「お父さん」
 という言葉を何度か聞いたことがある。夢の中で父親と会っているのだろうが、それが小さい時の茜なのか、大きくなってからの茜なのか、それが気になっていた。
 最初の頃は頻繁に父親のことを私に聞いていた茜だったが、さすがに私が嫌がっているのが分かるのか、最近はあまり口にしなくなった。寝言が多くなったのはそれからのことである。
 私自身は最近よく夢を見ているようである。目が覚めてからホッとした気分になることが多いことから、あまりいい夢ではないような気がする。父親が夢に出てきているような気がするのだが、それよりも母のイメージの方が大きい。
 私の見ている夢は私が小さかった頃の夢だ。家族で出かけた時のイメージが強く、笑顔のわりには楽しめなかった気持ちが残っている。そんな夢を今さら見るというのは、それでも母の笑顔を思い出したいからではないだろうか。私が笑顔でいられたのは、母の笑顔に助けられたからなのだ。
「正志、ジェットコースターに乗りましょう」
 母は表に出ると、本当に楽しそうだった。家にいる時のおとなしい母ではなく、活発だった。そんな母を見たいのが、家族で遊びに行く時、唯一の楽しみであった。
 父がカメラマニアだったことは幸いだった。カメラを撮っている時は嫌な存在を感じないで済むし、何よりも母のイキイキした楽しそうな顔を永遠に残してくれるからだ。写真の中の母はいつまでも美しく、子供の私を包んでくれているように思えた。
「家族団欒っていいわね」
 茜がそう言ったことがあって思い出そうとしたのだが、家族の団欒を思い出すことはできなかった。今まで夢に出てきたこともない。いや、夢が団欒に差しかかろうとすると目が覚めてしまっていたようだ。それまでの夢はほとんど忘れてしまっても、目が覚める寸前に考えていたことだけは覚えていることがある。目が覚めた瞬間「家族の団欒」が多かったように思うのは、決して気のせいではない。
――どうしてここまで私は父親を嫌うのだろう――
 考えれば考えるほど憎くなり、怖かっただけではないような気がする。自分の中で、父親をどうしても許せない何かがあるのだと思っているが、それが何なのか分からない。きっと夢では見ているのだろうが、記憶として残らないのだ。親孝行を何一つせず他界させてしまったことは少し気がかりであるが、父の死によって、今まで気がつかなかった自分の一面を発見できたような気がする。
――先が見えるようになってきた――
 という気持ちが強い。目先のことだけを見ていたのだが、最近は先を見つめている自分を感じる。先を見つめたからといって、毎日の生活が変わるわけではない。呪縛から解放されたような感覚が私を包むのだ。
 そんな父も亡くなった。私は呪縛のようなものから解放された気分で、最初は肩の荷が下りたかのように、身体が軽かった。しかし、今はその身体も軽すぎる。じっとしていればちょっとした風であっても吹き飛ばされてしまいそうで、時々、自分が何を考えているか分からない時がある。
 私は結婚することで守るべきものができた。まだ子供はいないが、守らなければいけない家庭を持ったのである。仕事も順調にいっていて、妻も私の仕事の辛さを分かってくれている。毎日、同じペースの繰り返しだが、幸せを感じている。結婚してからの生活を、こんな形で夢見ていたのだと思うと幸せに感じるのだ。
 刺激のない生活が平凡だとは言わない。平凡であっても刺激を感じるだろうし、刺激がなくとも平凡とは言えないかも知れない。しかし、平凡な生活が一番難しいのだということを、身体が知っているのは、自分の両親を見ているからだろう。
 刺激は山ほどあった。厳格な父を見ながら、毎日をピリピリして生活をしてきた母の顔は、子供心にも惨めに見えた。
――どうして、あんなに我慢しなければならないんだろう――
 と感じる毎日。母がもう少ししっかりしてくれれば、私もこれほどピリピリした生活をすることもなかっただろうに……。
 そんなことを考えながら過ごすのもウンザリである。大好きなはずの母を、そんな目で見る自分が情けなくなり、母に対する情けなさよりも自己嫌悪の方が激しく感じるようになっていた。
 今までのような家庭を新しい家庭で築きたくない。これが一番に頭にあった。私は決して茜に無理強いはしない。茜の自主性に任せ、主婦業には口を出さない。
「何か困ったことがあれば言ってくれ。できるだけ相談に乗るぞ」
 と話してあった。そんな私に、
「ええ、ありがとう。何かあったら相談に乗ってね」
 という茜の返事が、私が思い描いた返事と、ほとんど変わりなかったことが嬉しかった。
 だが、よく考えれば、父の築いた家庭も間違いではないのだ。確かにピリピリした生活を余儀なくされ、感情を抑えなければならなかったが、今までしっかりとした家庭を築いてこれたのも父のおかげとも言える。その証拠に、父が亡くなってからの母は、最初こそ放心状態で、何をどうしていいのか分からず、そのまま後を追うのではないかとも思えたほど憔悴しきっていた。そこまではないまでも、何をするでもなく、散らかっていても気にならない。食事も摂ったり摂らなかったりと、いささか今までの母からは信じられないような変わりようであった。
「お母さん、大丈夫かしら」
 と、まだ交際期間中だった茜も気にしてくれていた。
作品名:短編集35(過去作品) 作家名:森本晃次