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絵の中の妖怪少年

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 香澄は、五分間振り返らないことは最初から決めていた。五分という単位は、単純に振り返って一番よく見える時間だということで、自分で勝手に設定した時間だった。五分という時間は、短いようで長く、ある意味、中途半端にも感じられるが、実際に振り返ってみると、想像よりも遠ざかっているような気がしなかった。それは、まだまだ先が長いということを示していることでもあった。
 体内時計が五分を指した時、香澄は後ろを振り返った。最初は喫茶店にしか目が行かなかったが、目が慣れてくると、今度は、自分が歩いてきた道に気持ちが行っていた。
――首だけを後ろに向けると、結構遠く感じるのだけど、身体全体で振り向くと、結構歩いてきたと思っている道も、実に短いものに感じられる――
 と、思いながら、足元から伸びる、歩いてきた道を目が追っていた。
 五分という時間をいろいろ想像してみた。
――店に入ってからの最初の五分、意識していたのかしら?
 まったく意識していなかったはずだ。席に座って、店内を見渡していた時間くらいだったように思う。だが、感覚としては、十五分ほどの時間しか意識していない。それ以外の四十五分という感覚は、忘れてしまったのだろうか?
 そう思うと、店の中で感じていた時間に、
――「段階」があったのではないか?
 と思うようになった。
 段階というよりも、
――違う時間を感じる「種類」のようなものだ――
 という考え方である。
 種類は場面を作り出し、場面が変わると、それまでの時間を忘れてしまう。だから一時間も経っているのに、意識しているのは、十五分という時間だったのかも知れない。その十五分が、最後に意識した場面での時間だったのだろう。
 店に入る前と、店を出てからの時間も、
――店の中にいた時間――
 というものを挟んで、まったく違う時間であった。
 だから、店の中にいた時間を飛び越えて感じているのかも知れない。
――まったく別の世界――
 というのが、店の中での印象だったのだろう。
 その日一日を三つに割ってしまうと、最初の一つが終わったのは、香澄が店を出た時だった。
 つまり、店を出てからの時間というのは、
――今日一日の二つ目の世界――
 ということになる。
 もちろん、香澄にそんな意識があるはずもなく、
――一日を三つに分割する――
 という考えは、実は今に始まったことではなく、香澄の中で、時々考えていたことだった。
 しかし、そんな頻繁に考えることではなく、その日は最初から一日を分割する意志はなかった。
 意志がなくとも、三分割されるのは無意識に毎日起こっていることであって、最初に感じた三分割とは、その時々でまったく違う様相を呈してきた。香澄はその日、次第に三分割を感じるようになってくるのだった。
 一度、店を振り返って、少しの間その光景を見ていた。
――この光景を瞼に焼き付けておきたい――
 という思いがあったからだ。
 そこには、
――もう二度と来ることはない――
 という、予感めいたものがあったからだ。
 だが、帰り道も同じところを通るはずだから、光景を今瞼の裏に焼き付けておく必要はないはずなのだが、どうしてなのだろう? やはり、帰りはタクシーを呼ぼうと思っているからであろうか。
 営業所に着いてすぐに時計を見たが、ちょうど二時半になっていた。約束の時間、ピッタリである。判で押したようなピッタリの時間。別に歩きながら時間調節したわけでもなく、体内時計に徒歩を合わせたわけでもない。気が付けばピッタリだったというのは、ただの偶然だとしか思えなかった。
 この時、営業所にいたのは、約二時間ほどだった。体内時計がそれを知らせていた。実際の時計を見ると四時半。体内時計に合うように、仕事をこなしていたということであろう。時間が過ぎていく感覚は快感でもあり、時には気持ち悪い時もある。それは、体内を流れる血液が、間髪入れずに途絶えることのないように流れているのを、体内時計が感じているかのようだった。それはまるで容赦なく背中に当たる、滝つぼの水しぶきのようだった。
 二時間という時間が長かったのか短かったのか、最初は長かったように感じた。
 営業所に着いたのは、昼下がりの二時半、二時間経つと四時半になっている。冬のこの時期は、そろそろ夕方を感じさせる時間で、寒さの中でも、夕日の眩しさを感じると、子供の頃に感じた気だるさを思い出す。
 夏ではないので、本当の気だるさはなかったはずなのに、子供の頃を思い出してしまったばっかりに、気だるさを感じてしまった。
 特に冬の乾燥した空気の元、喉に痛みを感じると、体調が悪くなくても、風邪を引いてしまったかのような錯覚に陥る。気だるさが喉の痛みを誘うという錯覚を起こしそうになっているのを感じると、余計に夕方の時間帯を想像しないわけにはいかなかったのだ。
 一度想像してしまうと、我に返り、今度は風邪を引いたというのが錯覚であったことを悟る。冬であることの自覚を強く持つことで、昼下がりとは違った冬の夕方を感じてしまう。
 そのため、たったの二時間が、半日であったかのように思えてきて、想像以上の時間の長さを感じるのだった。
 営業所で仕事をしている間に疲れを感じることはなかった。まだまだ余力があるつもりだったが、営業所を出てからは、少し足の裏に痺れを感じた。
 最初は、タクシーを呼んでもらう予定だったが、このままタクシーを呼んでもらって駅に行ったとしても、時間が中途半端だった。
「じゃあ、歩いて行きます」
 会社の人が駅まで送ってくれると言ってくれたが、時間が中途半端なのは同じことだった。しかも、その日はなぜかお腹がすぐに減る日のようで、来る時に立ち寄った喫茶店に、もう一度寄ろうと思ったのだ。
――でも、どうしてそんな気持ちになったのだろう?
 普段なら、夕方の時間、あまり歩こうとは思わない。できることなら、歩かずに済み方法を取るようにしていた。しかし、その日歩こうと思ったのは、昼寄った喫茶店にもう一度寄ろうと思ったからだ。店の営業時間は確認していた。まさかまた寄ろうと思うなど、想像もしていなかったので、営業時間を確認したのは、無意識だった。無意識に行動したことが、役に立つことがあるというのも、今までに何度か経験していた。
 一つ気になったのが、デジャブだった。
――初めて来たはずなのに、何となく前にも見たような雰囲気――
 それを感じたからだ。そして、もう一つ気になったのが、店の人がマスター一人だけだったということだ。
――ひょっとすると、夕方になると、他に誰か来るかも知れない――
 という思いが募っていた。
「お疲れ様でした」
 と、営業所を出る時、営業所の人のほとんど、香澄のことを気にしていないようだった。
――しかとされてしまった――
 と、香澄は感じたが、本当にそれだけだろうか?
 営業所に入った時、さすがに最初は、
「現場を知らない本部の「甘ちゃん」が、何しにきやがった」
 と言わんばかりの鋭い視線に、香澄はたじろいでいたが、二時間の間で、結構馴染んでだような気がするのは、気のせいだったのだろうか?
 二時間という時間を、最初の一時間、
作品名:絵の中の妖怪少年 作家名:森本晃次