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絵の中の妖怪少年

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――常連がいなければ、こんな田舎の何もないところに建っている喫茶店がやっていけるわけもない――
 と、考えたからだ。
 そういえば、初めての喫茶店に入った時でも、ほとんど自分で決めている指定席は空いていたような気がする。香澄が自分で決めている指定席とは、カウンター席があった場合の一番奥の席だった。
 その日のカウンター席は、一番奥はおろか、誰も座っていなかった。初めて入った喫茶店で、客はそこそこいるにも関わらず、カウンター席に誰もいないなどということは今までになかったような気がした。
――田舎だからなのかな?
 と考えたが、田舎なら、もう少し客同士の会話があってもよさそうだった。店の雰囲気は、香澄が知っている中途半端な都会の喫茶店に入った時と、同じような雰囲気がしたのだ。
 香澄はカウンターの奥に座る理由として、
――一番隅から店内を見渡してみたい――
 という思いが最初にあって、次第に奥が落ち着いて感じられるようになったからだった。
 その日、座ったその席から店内を見渡すと、今度はさっき感じたこじんまりとした雰囲気よりも、少し広く感じられた。
――この感じが表から想像した店内の広さなんだわ――
 と、香澄は感じていた。
 店内を一通り見渡してみたが、やはり喫茶店というと気になるのが、壁に掛けられた絵だった。この店にも絵が飾ってあって、よく見ると、ここの風景を描いた絵だった。
 雰囲気は伝わってきたが、表から見た店の外観とは、どこかが違っているように思えてきた。
――どこが違う?
 と、最初に表から見たこの店の外観を思い出してみたが、どうやら、角度が違っているようだった。ただ、角度の違いだけで、雰囲気に違和感を感じるというのも不思議な感覚だった。
 もう一つ不思議だったのは、香澄が店に入ってきたのは分かっていたはずなのに、香澄が席に座ってしばらくしてからでないと、店の人が出てこなかったことだ。店にはマスターだけだったようで、奥の厨房で注文の品を作っていたので、出てこようにも出てこれなかったのだろうと思った。
 忙しいのに、声を掛けてはまずいと思って声を掛けなかったが、中から出てきたマスターは、
「いらっしゃいませ」
 と、一言だけ声を掛けてきた。ぞっとするようなその声は、まるで地の底から聞こえてくるようで、冷たさしか感じなかった。
 冷たさが、余計に空気を重くするのか、溜まっているように思えた湿気が余計に重たく身体を抑えつけてくるように感じられた。空気の重たさなど感じたことはなかったはずの香澄だったが、これも、どこかで感じたことがある感覚に思えてきて、マスターの雰囲気が、店全体を重たく感じさせるのか、逆に店の重たさが、マスターを暗い雰囲気にするのか、香澄には分からなかった。
 店の中を見渡してみると、まず目に入ってきたのが、壁に掛かった絵だったのだ。その絵はどうやら、この店を表から見た風景画のようだった。ハッキリと断言できないのは、同じ店でありながら、どこか雰囲気が違っていた。香澄にとってのリフレインだったのだ。
 何が違っていたのかすぐには分からなかったが、見る角度が微妙に違っていたような気がする。明暗の部分での違いが影になって現れる。その影の長さも微妙に違っていれば、違う風景に見えても無理もないだろう。
 ただ、いつも見慣れた光景であれば、少々の違いは誤差の範囲であり、大きく意識する必要もない。初めて見る光景だからこそ、以前どこかで見た光景と似ていることで、余計にちょっとした違いが大きな違いに見えてきてしまうのだ。
 その絵をじっと見ていた香澄に対し、
「どこか気になりましたか?」
 と、マスターは声を掛けてくる。
「この絵は、このお店を見て描かれたものなんでしょうね?」
「ええ、この絵は私が描きました。店を構えた時は、まだまだ常連さんもいなかったので、ゆっくりできたんですよ。その時に描いてみました」
「マスターには、絵心があるんですね」
「ええ、でも似ていないと思っていらっしゃるんでしょう?」
「ええ、まあ」
 ズバリ指摘されると、肯定も否定もできなくなった。つまりは、否定しているのと同じである。
「絵というものは目の前に見えているものを忠実に映し出すだけのものじゃないんです。時には省略したり、着色したり、アレンジが必要だったりするんですよ」
 と、マスターは言った。その言葉の意味はすぐには分からなかったが、どこかに重たさを感じるのだった。
「それにしても、ここの表から描いたとは思えない何かがあるんですよ。これはいつ頃描かれたものなんですか?」
「そうですね。三年くらい前ですね。でも、このあたりはほとんど雰囲気が変わるところではないですし、私も絵をいくら省略して描いたりしているとはいえ、まったく違った雰囲気に仕上げるということはしていません。それだけ私の絵が下手くそだということなのかも知れませんね」
 マスターは思ったよりも饒舌だった。最初に感じた閉鎖的な雰囲気は、話をしている限り感じることはない。
「でも、マスターは絵を描く時、着色したり、省略したりすることもあるんでしょう?」
「ありますよ。でも、風景画で着色することはないですね。むしろ人物画の方が、着色することが多いです」
「それはどうしてですか?」
「やっぱり、深層心理を見ようとするからなんでしょうね。人ほど見えている雰囲気と、隠された雰囲気とで違うイメージを持っているものはありませんからね。ある意味、それこそ、『忠実に描いている』と言えるのかも知れませんね」
 マスターの話を聞いてから再度絵を見ると、今度は少しイメージが変わった。最初に感じたこの店のイメージが浮かび上がっていたのだ。
――最初に感じた絵は何だったんだろう?
 それはどこかで見た絵のような気がして仕方がなかった。
――絵だったのかな?
 絵を見てイメージしたものが、本当に絵だったと言えるのだろうか? 実際にどこかで見た風景を覚えていて、絵を見た瞬間にフラッシュバックした記憶が、絵の中に浮かび上がってきたのかも知れない。
 香澄はそれを「デジャブ」だと思っている。
――以前に見たり聞いたりしたものが、何かの弾みで思い出すこと――
 漠然とした言い方だが、それをデジャブだと思っていた。
 思い出すということは、記憶の中にあったものに違いないのだろうが、記憶の中のどのあたりに潜んでいたのか分からない、
 意識の中から、記憶という領域に移し替えられてすぐのところにあるものなのか、それとも、記憶の奥に封印される前の、意識の中で、
――忘れてしまった――
 と言える寸前にあったものなのか分からない。
 ただ、中途半端な場所にあったわけではないことは意識している。意識や記憶から零れる寸前に、自分の中にある潜在意識が、ふと現実に引き戻そうとする反動のようなものが影響しているに違いないと思っている。
 香澄がマスターと話をしていた時間は、さほどなかったような気がする。
 元々、あまり話し上手ではないマスターは、香澄から絵画の話題という助け舟を出されたことで饒舌にはなったが、すぐに会話が凍ってしまった。
作品名:絵の中の妖怪少年 作家名:森本晃次