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絵の中の妖怪少年

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「お前は、若い頃のお母さんに似ているんだ。今のお母さんにではない」
 と、妙に力を込めて言っていたのを思い出した。それは、まるで、
「今のお母さんと、若い頃のお母さんは別人だ」
 とでも言いたげな気がしていた。
――そういえば、父が絵を買って来た時、母の様子が変だったわ――
 というのを思い出した。
 絵を見て、目が離せなくなったかのように、凝視したままその場から離れなかった。それなのに、顔には明らかに怯えが走っていて、じっと見ているようで、本当に凝視していたのかどうか、怪しいものだった。
 その時の母親の顔が、まるでさっきのことのように思えていたのは、香澄が今回この喫茶店に来て、夕方カウンターの中の彼女と初めて対面した時、本当に一瞬だったが、彼女の顔に怯えが走ったのを見たからだった。あまりにも一瞬だったので、彼女の表情自体が幻だったかのように思えてしまい、それ以降、香澄自身、彼女を凝視できなくなっていたのだ。
――彼女は、私に何かを訴えようとしているようだが、何なのかしら?
 そう思っていると、一つ気になっていることが何なのか、分かってきた。分かってしまうと、どうして気付かなかったのか、自分でも不思議なことなのだが、
――彼女がカウンターの中にいる間、昼間いたマスターはどこにいるのだろう?
 という思いだった。
 最初は奥にいるのかも知れないと思ったが、一向に出てくる気配もないし、奥からも人の気配が感じられない。明らかに店の人は、彼女一人だったのだ。
 さらに、店の雰囲気があまりにも静かすぎる。喧騒とした雰囲気がほとんど感じられない。BGMも掛かっているが、まるで水の中で聞いているように、遠くからしか聞こえてこない。
 昼間に来た時に感じた店の雰囲気とは違っている。昼間はもう少し喧騒とした雰囲気だったような気がしたが、それでも、どこか普通の店と違っていた。今も普通の店と違うと思っているが、昼間と今とでは、どこが違うのかという箇所が、同じではないように思えてならない。
――本当に同じお店なんだろうか?
 初めて来た店に、それから数時間して再度立ち寄った。最初に感じたイメージと二回目とではイメージが違っている。そんなことはよくあることなのかも知れない。
 しかし、そのどちらかは他とは変わらないことで、変わらない店を基準に考えるから、どこが違っているかということは容易に知ることができる。しかし、どちらもそれぞれに違いがあるのでは、違いという概念が、基準を作り出すことを拒否しているように思えてならない。
 カウンター越しに彼女を見ていると、
――どこか自分に似ているところがあるのではないか?
 と、無意識に探っているのを感じた。似たところがあるとしても、それが分かったところでどうなるものでもないのだから、特に初対面の人を相手に、そんなことは今までしたことはなかった。
 この店は、会社の命令で出向いてきた時に偶然立ち寄った店である。また会社の命令でもなければ、このあたりに足を踏み入れることもないほど、今まで無縁だった場所である。今のところ、これからこのあたりにもう一度来ることはないように思えた。もし来たとしても、そんなに近い将来ではないだろう。そう思うと、ここでの思いは、どんなに考えたとしても、数日後には意識から消えているように思えてならなかった。
 それにしても、彼女のどこが自分に似ていると思ったのか、逆に似ているところがないことから、無意識に似ているところを探ろうとしたのかも知れない。
 だが、似ているところを知りたいと思ったのは間違いのないことだ。全体的に見て似ているところがなかったとしても、最初の直感で、どこか似ているように感じたのだとすれば、無意識に似ているところを探そうとした理由も分からなくもない。直感が実際に外れていることがあったとしても、意識の中に残ったということは、彼女が気になる存在であることに、違いのないことであった。
「こんなことを言うと笑われるかも知れないんですけど、何かずっと眠っていたように思うことがあるんですよ」
「眠っていたというのは、どれくらいの間なんですか?」
「それが、何年もの間眠っていて、気が付いたら、今になっていた。でも、私自身は年を取っていないんですよ。まわりの時間だけが過ぎてしまっているような感覚に陥っていて不思議でしょう?」
「そうですね」
 漠然として答えたが、彼女は笑いながら、
「今の私の言い方は、まるで自分を中心に世の中が回っているような言い方だったでしょう? でも、自分だけが眠っていて、気が付けば年を取っていないということは、自分だけが時代から取り残されたんですよね。それを認めたくないから、自分中心に世の中が回っているような言い方になってしまったんですよ。言っていて、自分でもおかしくなって笑ってしまいそうですよ」
 と、話していた。
 香澄は、以前に本で読んだタイムマシンの話を思い出した。
――一瞬の間に走り幅跳びでジャンプしたみたいだ――
 と書いていた。そして、それは、つづら折れのカーブになった道を、端から端に飛び越えたみたいな感覚を思い浮かべたことがあったが、その時のイメージがよみがえってきたかのようだった。
――この女性は、一体どこにいたというのだろう?
 そう思うと、彼女の後ろに誰かがいるのが見えた。そして、直感で思い浮かんだのが妖怪少年であることまで理解するまで、彼女が話し出してからあっという間だった。
――やはり、私は夢を見ているのだろうか?
 今、目の前で展開されていることは、自分が考えていることと違って進行している。しかし、思っていることに沿っているような気がしてきた。つまりは、
――考えていることと、思っていることでは違っている――
 と思えてきたのだ。
 考えていることというのは、実際に起こっていることに対して、同時進行して頭の中にあることであり、思っていることというのは、全体を見渡して、
――どのようになるのだろうか?
 ということまで、先読みしているように思えてならなかった。
 夢を見ているというのは、
――考えていることとは沿っているわけではないが、思っていたことに向かって進んでいることだ――
 と言えるのではないだろうか。
 つまりは、自分の都合のいいように見ているのが夢だと言える。しかし、考えていることと違っているので、本人の意識の中には、
――夢というのは、いくら自分が見ていることとはいえ、そうそう都合よく見ることができるものではない――
 という発想になっていることだろう。
「夢というのは、潜在意識が見せるものだ」
 という話を聞いたことがある、
 夢だと意識していても、夢の中だから何でもできるという発想は最初からない。むしろ、夢の中だからこそ、自分が納得できることしか実現できないものだという発想だ。
 空を飛ぶことができないという発想もその一つであり、空を飛べないことをいかに自分の中で納得させるかということが大切である。
 目の前の彼女が誰なのか、本当は分かるはずもない。しかし、自分の思考の中で、勝手に想像し、思いを巡らせることはできる。
作品名:絵の中の妖怪少年 作家名:森本晃次