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絵の中の妖怪少年

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 考え事というのは、目的地に到着すると、それまで考えていたことを忘れることが結構あった。我に返るということなのか、忘れてしまっても、別に嫌な気はしなかった。その時に考えていたことがそれほど自分に重要ではないと思うからだったが、もう一つの思いとして、
――そのうち必ず思い出すことがある――
 ということだった。
 しかも、思い出す時というのは、考えていたことを一番いい時に思い出すというタイミングの良さを孕んでいると思っている。だから、その時忘れていたとしても、それは大した問題ではないということである。
 歩いていくうちに、目の前に見えていることが、虚空に見えてくることがあった。しかし、本人はさほど意識していない。むしろ、
――虚空のように見えてきた――
 と感じると、そんな自分にハッとしてしまうくらいだった。そんな時、
――また、何かを考えていたんだわ――
 と、たった今まで考えていた内容ではなく、考えていたということすら、自分の意識の中から消えてしまうのだった。
 部長に言われて出かけてきたその日は、最初から何かを考えていたわけではない。気が付けば何かを考えていたというのが正解で、気が付けば、考えながら歩いていたのであった。
――それにしても、どれくらいの時間歩いたんだろう?
 時計を見ると、一分ほどしか経っていない。なるほど、目の前に広がる光景に何ら変わりはない。とりあえずの目標にしている交差する道の、林立している木のところまで、近づいたというイメージはまったくない。
 だが、何か違和感があった。目の前の光景と、時間の間には、何もおかしなところはないはずだった。
 だが、少しすると、その理由がハッキリとしてきた。
――そうだわ。何か疲れているのよ――
 少ししか歩いていないはずなのに、疲れ方が少し早い気がした。特に足の裏など、すでに攣っているかのようになっていて、歩きづらくなっていた。
――そんな分かりやすいことに気が付かなかったなんて――
 と、考え事をしていたことが、身体の疲れを凌駕したとでもいうのだろうか。疲れは感じていても、それを頭が理解していないという不思議な感覚に、しばし酔った気分になっていた。
 それでも、歩みのペースは変わらない。立ち止まろうという気にはまったくならなかった。なぜなら、そこで立ち止まったら、そのまま進めなくなってしまうような気がしたからだ。
――歩くペースは、まるでクラシックのようだわ――
 風の音しか聞こえていなかった時から、そう思っていたような気がする。この時にクラシックを想像したことで、クラシックの音楽が聞こえてきたわけではないことを、その時に香澄は分かっていた。
 何はともあれ、約束の時間よりも、このままなら相当早く着いてしまう。しかも約束の時間が昼すぎだということもあって、昼食をいつ摂るかという問題もあった。
「どこか、食事ができるところ、ないんですか?」
 会社を出る時、部長に聞いてみた。何しろ田舎のことなので、しっかり聞いておかなければいけないと思った。
「営業所の近くに、確か喫茶店があった。名前はハッキリと覚えていなかったが、私が半年前に行った時、そこで食事を摂ったので、そこに行ってみればいい」
 と、教えてくれた。
 場所も、駅から営業所に向かう道の途中から見えるところにあるという。迷うことはないということだったので、詳しい話を聞かなかったが、歩き始めてから見えるところにあるわけではなかったので、少なくともあるとすれば、正面に見える交差する道の向こう側になるのは間違いのないことだった。
――そういえば、短大の頃には、学校の近くにあった喫茶店によく寄ったものだわ――
 短大の近くには喫茶店がたくさんあった。香澄の通っていた短大は、学校の密集地帯と呼ばれるところにあり、同じ駅で降りて通学する学校が、四年生の普通大学、同じく四年生の女子大、さらに短大と、それぞれ合わせて五個の学校があった。駅前にはいくつもの喫茶店が乱立しているのも頷けるというもので、どこの喫茶店も、いつも学生で溢れていた。
 その中でも香澄がよく通っていた喫茶店に、クラシック喫茶があった。店内はあまり明るいとは言えないが、クラシックの雰囲気にちょうどいい。店内には客がリクエストした音楽が流れていて、それが気に入らない人には、ヘッドホンにて個別に聴けるような心遣いもされていてありがたかった。
 マスターのコレクションであるCDの数もかなりのもので、そこから選んで聴くのだが、かなりの枚数があることもあり、選ぶだけで、結構な時間が掛かってしまう人もいた。
 クラシック喫茶という特性上、気が短い人には向かないかも知れない。時間と気持ちの両方にゆとりを持っていないと、ここで時間を過ごすのは苦痛でしかないだろう。
 ほとんどの客が単独だった。香澄のようにいつも一人でいる客はもちろんだが、普段は友達とつるんでいる人が、たまに一人になりたいと思ってここの常連になっている人もいるようだ。最初は区別がつかなかったが、次第に香澄は見ていると、どちらのタイプの客なのか、分かってくるように感じられた。それは、
――自分から分かろうとしないと永久に分かるものではない――
 と感じるもので、自分がどうして分かろうとしたのかということを、香澄は自分で分かっていなかった。店に入ってしまうまでは、
――一人孤独を楽しもう――
 と考えているにも関わらず、中に入ってしまうと、いつの間にか、まわりが少しずつ気になるようになっていたのである。
 店の雰囲気が独特だということもあるのだろうが、この店に対してのイメージが香澄の中ではあった。そのイメージに合う人というのは、かなり限られているように思えた。いつも客がたくさんいるのを見ていると、その全部が自分のイメージに合う人ばかりだとは思えなくなっていた。そう思うと、どうしても、まわりが気になってしまったとしても、それは無理もないことなのだろう。
 ただ、一つ言えることは、
――誰もが、一人孤独を楽しもうとしている――
 ということに間違いはないということだ。
 それは、その人の元々の性格如何に関わらず、
――一人孤独を楽しむという感覚は、普段まわりの人との関わりを大切にしている人にもあるのかも知れない――
 と感じたことだった。
 もっと考えていくと、むしろ、普段まわりの人と関わっている人の方が、一人になりたいと思う感情が強いのではないかとさえ思えてきた。香澄の知っている人の中にも同じような人がいる。その人は一年先輩だったが、いつもまわりに気を遣っている人でありながら、自分から中心になろうと考えるようなことはなかった。
 数人のグループの中には、一人はいるようなタイプの人だった。決して目立つことはないが、いないとグループ自体が成立しないような重要な役回りを演じている人、あくまでも演じているだけで、その人の考えている心理までは想像がつかない。
――中には、いつかは自分が目立ってやるという野心めいたものを持っている人もいるんだろうな――
 と香澄は考えたが、自分になれるものではない性格なので、必要以上に考えることは時間の無駄であることも分かっていた。
作品名:絵の中の妖怪少年 作家名:森本晃次