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絵の中の妖怪少年

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 何かあると、思い出すのはクラシック喫茶のようだ。なぜいつもその場所を思い出すのか分からなかったが、どうやら、その時に感じた妖怪少年のイメージが頭の中に残っているからだとしか思えなかった。
 妖怪少年を思い出しながら、最初に感じた時期は違っていたはずなのに、さらに発想を巡らせると、そこにあるのは、左右対称のイメージであり、鏡を前後に置いた時に見える「無限ループ」の発想だったりした。
 彼と別れた時のことを思い出すと、彼が言った
「別に好きな人ができた」
 という言葉を本当に信じてもいいのだろうかと感じていた。
 その後、彼のことを気にしないようにしていたので、彼がどうなったのか分からないが、最初こそ、
――意地でも彼のことを忘れてやる――
 と思っていたが、本当にそれでいいのか自分でも分からなかった。次第に本当の理由が知りたくなったのも事実で、自分の中でどうしていいのか暗中模索していた。
 だが、最終的には、彼を気にしないようにしようと心に決めた。その決心をつけるため、香澄は、
――余計なことは考えないようにしよう――
 と思うようになっていた。
――自分は自分、他人は他人――
 かなり冷静な考え方に変わっていったのだ。
 だが、それは変わって行ったというよりも、元々の香澄の性格に戻ってきたといってもよかった。そういう意味では、自分の性格が分かってきたということでも、
――失恋してよかったのかも知れないわ――
 と思うと同時に、当分、彼氏がほしいと思わないだろうと感じていた。
 ただ、香澄は、それほど潔いという性格ではない。未練がましいというわけでもないような気がするが、
――こんなに悟ったような性格だったのかしら?
 と思うようになると、寂しさという言葉と自分が無縁ではないかと思うようになっていった。
――寂しさとは無縁?
 何が寂しいと言って、思い出すのは、妖怪少年のことだった。足は根っこに変わってしまい、動くこともできず、誰にも知られない場所でひっそりと誰かが来るのを、永遠に待ち続ける……。そんな想像を絶するような寂しさをイメージできた自分が、恐ろしく感じられた。
――よく、こんな内容を子供番組であるアニメで放送できたものだわ――
 と感じたが、逆にこのことを、ここまで考えるような人はいないだろうという思いがあったからこそ、子供番組として放送したのかも知れない。
 ということは、このイメージが頭に残り、まるでトラウマのようになってしまったのは香澄だけということになる。いくら同じものを見ても、感じ方がそれぞれだと言いながら、ここまでインパクトが強く感じたのに、それが自分だけだというのは、香澄の中で納得できることではなかった。
 失恋した時の香澄は、開き直りを感じていた。下手な言い訳をされたことは香澄にとって屈辱的なことだったが、開き直らない限り、屈辱を払拭できないと思ったからだ。
 香澄は、半年前の自分を思い出していた。なかなか思い出せないでいたが、思い出してみると、今度は喫茶店の雰囲気が少し変わってきたように思えてきた。
――何が変わったのだろう?
 と思って、店内を見ていると、さっきまで彼女の描いたデッサンだった壁の絵が、油絵に戻っているのに気が付いた。
 すると、店内にいた客もさっきまでとは違って見えてきて、カウンターにいたはずの彼女もいなくなっていた。
 店の中の雰囲気が、凍り付いたように誰も動く気配を見せなかった。さっきまで聞こえていたBGMも耳に入らなくなっていて、時間が止まってしまったかのようだった。
――限りなく止まって見えるほど、時間がゆっくり流れているんだわ――
 と感じた。
 香澄は、まわりの凍り付いた空気に惑わされることなく立ち上がると、絵が掛かっている下から、絵を見上げた。
――何かが違う――
 最初に見た時に感じた絵とどこかが違っていると最初に思ったが、実はこの瞬間でも、少しずつ絵の中が違って見えていた。
 そのことに気付いたのは、まわりの空気が凍り付いていたからだ。もし、その時、まわりが普通に喧騒とした雰囲気であれば、絵の中を直視していたとしても、漠然としてしか見えていなかったに違いない。それは最初から、
――どこかが違う――
 と思って見たからだろう。何かが違うというよりも、どこかが違うと感じた時、まず最初に目が行く場所が違っていたに違いない。最初に目が行く場所によって、気付く場合もあれば、気付かない場合もある。香澄が最初に目が行った場所、そこに違和感を感じたのだった。
――何かが動いた――
 まわりが動いていないことで、初めて感じた絵の中の動き、ひょっとしてその時、時間が止まったように感じられたのは、
――絵の中の異変に気付かせるためなのではないか?
 と言えないだろうか。そう思うと、香澄はさらに絵の中に集中している自分がいることに気付かされた。
 動いたように見えたのは、最初に見た時にはなかったものが、次に見た時、見つかったからだ。
 そこには、遠くからこちらを見ながら絵を描いている人が見えた。その人は帽子を目深にかぶり、表情は分からないが、こちらに背を向けたキャンバスに向かって、絵を描いている。
 絵を描いたのはマスターだということなので、こちらに向かって絵を描いているのは、彼女であろうか? しかし、描かれているのはキャンバスであり、画用紙ではない。しかも絵筆を手に持って描いているところを見ると、描いているのは少なくともデッサンではない。
――もう一人、私の知らない誰かが、この世界にいるんだわ――
 と感じた。
 絵の中で絵を描いている人は、当然のことながら、微動だにしなかった。しかし、こちらに背を向けている絵は、着実に完成されていっているのではないかと思えてならなかった。
――いつかは絵が完成し、完成した時には、その人と絵は、この絵の世界から外に出ているのではないか?
 と思えてならなかった。
 そう思うと、微動だにしないように見えている人も、絵の中の世界で、自由に動いているように思えた。感じた違和感は、絵の中での動きを感じるからだった。
 ただ、絵の中の世界は、しょせん限られた世界であり、動ける範囲は、絵の中に限られている。それはまるで、足が木の幹になっていた妖怪少年のようではないか。
「誰か早く来てよ。僕は表の世界に出たいんだ」
 とでも、言っているのだろうか。見ている限りでは、絵の中から感情は見受けられない。絵の中にいる人は、気配も感情も表に出てくることはないに違いない。絵の中に最初から写っていたとしても、よほど気にして見ていないと、その存在に気付かないかも知れない。それはまるで「路傍の石」のようであり、気付かれないことがいい場合もあるのだろうが、この場合は、誰も気づかなければ、永遠に絵の中から出ることができない妖怪少年になってしまう。
 香澄は、自分が絵の中にいるような錯覚を覚えた。絵の中にいる人間を見つけなければ、そんな錯覚は起きなかったかも知れない。
――錯覚を起こすために、絵の中に誰かを見つけてしまったのかしら?
作品名:絵の中の妖怪少年 作家名:森本晃次