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絵の中の妖怪少年

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――過去に戻った自分が、違う可能性の延長線上で成長した場合の自分を見ているのかも知れない――
 と、感じた。
 それは、パラレルワールドの発想で、自分が瞑想している中では、二重人格というよりも、よほど信憑性の高い発想に感じた。そして、もう一つ感じたことは、
――自分が感じているイリュージョンは、未来を見ることができるものなのかも知れない――
 というものだった。
 そこまで考えると、少年が現れたことと、そして少年がこれから何を企んでいるかということが手に取るように分かった。
――この子の口車に乗って手を繋いでしまったら、私は彼と入れ替わって、ここにずっといることになるんだわ――
 それは、いつ誰が来るか分からない時間を果てしなく待たなければいけないということを意味している。
 そして、この場合の本当の恐ろしさが何なのか、ハッキリと分かった。
――ここでは、年を取らないんだ――
 つまりは、誰かがここに来てから入れ替わるまで、自分は年も取らずに、当然死ぬこともできず、動けないまま、孤独と焦りで気が狂わんばかりになるに違いないのだ。この少年がどのようにしてその苦痛を乗り越えたのか分からないが、逃げることができないことが確定しているだけに、香澄は年を取らないということがどういうことなのかというのを想像し、身体が凍り付くのを感じた。
 少年は、その表情を見て、今度は無表情になった。何を考えているのか、まったく分からない。
 香澄は恐怖がどんどん膨らんでくるのを感じた。
 それは、自分の意志が、本当にこの世界で優先されるのかが分からなくなったからだ。夢の世界でもそうなのだが、自分の考えていることや、行動を起こそうと思ったことが本当に実を結ぶかどうか疑問だった。
 いつもの世界では、当たり前のこととして考えるまでもないことを一つ一つ考えなければいけない世界。それが直接の恐怖に繋がってくるのだった。
――心臓の動きだって、いちいち気にしなければいけないような世界が存在するなんて想像もしていなかった――
 もし、意識が薄れて、一度でも心臓の動きが止まってしまったらどうなってしまうかを考えると、額から汗が滲んでくるのを感じた。
 さらに恐ろしいのは、
――どこまで綿密に考えたとしても、必ずどこかが漏れてしまうような気がする――
 と考えることで、自分が信じられなくなることであった。
――どこまで行っても、底なし沼のように先が見えないことほど、恐ろしいことはない――
 それが、香澄の恐怖の正体だった。
 そしてもう一つ言えることは、
――恐怖は、見えないことではなく、見えているところに潜んでいる――
 ということであった。
 それは、見えているところと見えないところの境界線を意識するということであり、見えない部分をいくら見ようとしても、見えてくるはずもない。見えないことの方が恐怖を孕んでいるように思えるが、見えないところはどうしても、想像の域を出ないのだ。
 それは未来にも言えることだ。
 未来は見えているわけではないので、本当の恐怖ではない。妄想にしても瞑想にしても、未来のことを想像するのは、比較的難しいことではなかった。比較対象がないのだから、いくらでも想像できるからだ。
 しかし、同じ時代、今この瞬間のことを、別の世界であるかのように想像することは、結構難しい。それは、どうしても今と比較してしまうからだ。見えていることだけに、下手な想像をしてしまうと、恐怖を伴うことを分かっている。
 恐怖は、「死」という発想と背中合わせにあるような気がしてきた。
――絶対的な恐怖、それは「死」である――
 と言えないだろうか。
 ただ、香澄が思い出したクラシック喫茶での、妖怪少年に出会ったという妄想、あれは「死」という絶対的な恐怖を超越したものであった。
 あの話で少年は、死ぬこともできず、一人寂しく次の誰かが来るのを待っていた。その寂しさというのは、想像を絶するものであっただろう。何しろ年を取らないのだから、死ぬことができないというのは、確定していたからだ。
 つまりは、「死」という見えない恐怖ではなく、
――死ぬことも許されず、誰かが来るまで永遠に続く寂しさ――
 が、見えている恐怖の正体だった。
 それは、ある意味、
――死と紙一重――
 とも言えないであろうか?
 「生」と「死」は背中合わせであって、生でなければ死であり、死でなければ生である。だから、死だけが絶対的な恐怖だとすれば、生に恐怖はないことになるが、そんなわけはない。
 生き続けることの方が、死ぬことよりも辛いこともあるだろう。それは、永遠の寂しさが確定している少年の場合だけに限ったわけではない。生き続ける以上、一人寂しさを味わうのも恐怖の一つだが、人との関わりで恐怖がないわけではない。
――人は平気で他人を裏切ったり、そのつもりはなくとも、知らず知らず人を追いつめることもある――
 考え始めると、果てしないところまで持って行かれそうな気がする。一つ考えをネガティブに持って行ってしまうと、そこから先は底なし沼、香澄は自分の発想が恐ろしくてたまらなくなったのだ。
 香澄は、少年に出会う前に、一度もう一人の自分を見かけている。
 少年との出会いがセンセーショナルだっただけに、もう一人の自分の存在が薄れてしまっていた。
 香澄は、そこにいたのが未来の自分であることを予感していた。なぜなら、その後に出会った少年が、
「僕はこの場所に数十年佇んでいる」
 と言っていたからだ。
 香澄はその時に無意識に感じていたことを自分で認めたくないことだと思うことで、否定的な考え方になっていた。それだけに少年に対して恐怖を感じながら、感覚がマヒしてしまっていることで、必要以上に考えないようにしていた。
 しかし、少年だけを見ているのではなく、もう一人の自分と最初に出会ったという思いとを結びつけると、もう一つの不思議な発想が生まれてきた。
 そう、それが未来の自分が、もう一人の自分であるという発想である。
 少年はそこで十数年佇んでいると言っていた。
 そして、自分は年を取ることもなく、死ぬこともできず、誰かが通りかかって自分と入れ替わってくれない限り、その場所から抜けることはできないということを分かっているのだ。
 ということは、少年は十数年前にここに来て、その場所にいた人と入れ替わったということになる。
 その人は年を取ることもなく、どれほどの月日が掛かったのか分からないが、少年が現れるのを、一日一日を待ち続けたはずだ。
 もっとも、年を取ることもなく、まったく変化のない、人も通りかからない場所で時間の感覚などあるというのだろうか?
 香澄は気になったので聞いてみた。
「ここでは、一日一日の感覚ってあるの?」
「そんなものはないさ。陽が昇るわけでも陽が沈むわけでもない。おかげで僕は眠ることもできず、一体今がいつの時代なのかも分からない。もっとも年を取らないのだから、時間の感覚なんてあったとしても、それは絵に描いた餅なんだ」
「でも、あなたは、数十年ここにいたって言いきったわ」
作品名:絵の中の妖怪少年 作家名:森本晃次