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絵の中の妖怪少年

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――限りなく止まっているかのように感じる時間――
 それが、夢の中でのできごとだ。
 そう考えれば、夢から覚めるにしたがって忘れてしまうのも理解できる。これだけ時間の感覚が違っていると、当然、夢と現実の違いを納得できないまでも、覚えていることができないことは理解できるというものだ。
 ただ、時間が凍ってしまった瞬間を、感覚で感じることができない。
――熱い冷たい――
 などの感覚が時間にはないのだ。
 いつも同じ感覚で刻んでいくものが時間というものである。それを誰もが当たり前のことだと感じ、いつしか時間への感覚がなくなってしまう。
――普通、時間の長さについて考えることはあっても、時間の中の間隔について考えることはそんなにないはずだ――
 そう、考える必要などないからである。
 鏡の世界と時間への感覚、そして夢への妄想、この三つをそれぞれに考えることはあっても、一つにして考えることなどない。しかし、考えてみると、それぞれの特性が、納得の行かなかったことを納得させる力になっていることは分かってきた。
 そのことを、香澄はこの店に来て、考えていた。しかし、なぜ急に考えるようになったのか、最初は分からなかったが、それが、絵を見ていて感じたことだということを思い出した。
 いや、思い出すも何もないのである。香澄は絵を見ながら、ここまで発想してきた。完全に自分の世界に入って発想していたので、目の前に絵が写っていても、
――心ここにあらず――
 で、意識はまったく違うところに行っていたのだ。
 まず、夢の発想から鏡の発想に入り、そして、そこから時間に思いを馳せていた。
 香澄は、少しずつ意識が戻ってきたような気がした。夢を見ていたわけではないし、意識が飛んでいたと言っても、眠っていたわけでもない。しいて言えば、
――自分の潜在意識を見つめていた――
 というのが、一番近い発想なのかも知れない。
「お客さん?」
 我に返っている間に、どこからか、こちらに声を掛けてくる人がいた。その声は女性のもので、「お客さん」と呼ぶ時点で、その声は店の人であることは分かった。
 昼下がりに立ち寄った時にはいなかった女の子である。
「あ、え、何?」
 完全に我に返ったわけではなかったので、曖昧な返事しかできなかったが、目の前にいる女の子が心配そうに覗きこんでいるのを見ると、余計な心配を掛けてはいけないという発想だけは思い浮かんだ。
 それでも、いきなり現実に引き戻されたような気がした香澄は、うろたえての返事しかできなかった。
 すると、女の子は何がおかしいのか、クスクス笑いながら、
「いえ、お客さんがあまりにもボーっとしていたので、声を掛けた方がいいのかなって思ったんですよ」
「それはありがとう。ちょっと考え事をしていたので、ボーっとしていたのよね。ごめんね、心配かけちゃって、でも、声を掛けなければいけないほど、異様だった?」
 聞くまでもないし、答えは決まっている。それでも聞いてみたかったのは、彼女の口から、自分の表情が異常だったことを聞きたかったからだ。
「ええ、かなり深刻そうな表情でしたよ。私が声を掛けなければ、向こうの世界に行ってしまって、戻ってこないんじゃないかってくらいの表情でした」
「向こうの世界というのは?」
「意識をあまりにも集中させすぎると、自分の中にあるもう一人の自分と重なってしまうような気がしたんですよ。ごめんなさい、私の勝手な妄想のようなものなので、気にしないでください」
 面白いことをいう娘だった。しかし、今の香澄もかなりハイテンションな意識になっている。今なら異様な発想をする彼女と話が合うのでないだろうか?
「もう一人の自分というのが気になるわね」
 香澄は彼女の顔を見ていると、かなりの勢いで現実に引き戻された気がした。
――でも、本当に引き戻されたのは現実なのかしら?
 という発想も生まれてきた。それだけ彼女の発想と、雰囲気は異様だったのだ。
 彼女のどこにそれほどの力があるのか、最初は分からなかった。しかし、
――どうして気付かなかったんだろう? それだけ私自身がいう「向こうの世界」に入り込んでいるせいなのかしら?
 とも思った。
 彼女を見ると一目瞭然、もし最初に見たのが正常な精神状態であれば、すぐに分かったことなのかも知れない。それは、ちゃんと目の前にあることだったからだ。
――彼女の目の力はすごい――
 と思ったからだった。
 しかし、
――あれ? 目力の強さはさっきも感じたような――
 忘れていたが、それは鏡を見た時に感じる自分に対してではないだろうか。
 そういう意味で、彼女が自分に視線を向けているのを、もっと前に気付いていたのかも知れない。それを感じさせないほど、深いところまで香澄は落ち込んでいたのかも知れないが、それでも、後になってそのことを思い出させるのだから、彼女の眼力もかなりのものである。
 香澄は、彼女の顔を見ると吸い込まれそうに感じた。それだけ目力が強いのだが、目力が強い人というのは、
――得てして、あどけない表情を普段は見せている人が多い――
 という思いがあったのも事実で、彼女を見ながら。目力を感じさせない普段の表情をなるべく発想してみることにした。
――あれ? どこかで会ったことがあるような気がするわ――
 と感じた。
 それがいつどこでだったのか分からないが、香澄は一生懸命に思い出そうとしていたのだ。
――ひょっとして、彼女がクスクス笑ったのは、私が一生懸命に思い出そうとしているのを見て、それがおかしかったのかな?
 とも感じた。
 香澄は、自分が何かに集中している時、完全に我を見失っていることは分かっていた。そんな自分を想像してみたことはなかったが、今想像してみると、彼女がクスクスと笑ったわけも、分かるような気がしたのだ。
「もう一人の自分というのは、たぶん、誰もが意識していると思うんですけど、意識しながら意識しないようにしようという思いを無意識に感じているのが特徴じゃないかって私は思うんです」
 おかしなことをいう女の子だと思ったが、言われてみれば、その通りだった。ただ、このことは、香澄も考えたことがなかったわけではない。誰もが持っているもので、そして意識しているにも関わらず、それを発想するところまでは行っていない。つまりは、
――自分を納得させる――
 という以前の問題で、
――本当に納得しなければいけないことなのか――
 そんな発想すら出てこない内容だった。
 そんな時の意識は、普通の意識ではない。さらに自分の中にある
――潜在意識――
 というものであることを香澄は感じるのであった。
 潜在意識というものは、隠れているものであり、引っ張り出さなければなかなか感じることはできない。しかし、それは確実に存在していて、自分の意志に関係なく動いているものだ。
――まるで心臓の動きのようだ――
 心臓の動きは、誰も意識しているわけではない。無意識ではあるが、確実に動いている。動かなければ、死んでしまう。つまりは、
――重要なものほど、無意識に自分の中で動いている――
 と思っていた。
 しかし、彼女に出会って、もう一つの考えが生まれてきた。
作品名:絵の中の妖怪少年 作家名:森本晃次