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短編集34(過去作品)

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 と感じているが、長所と短所は紙一重、長所が災いする時もある。鋭いだけに、すぐに相手を見切ってしまって、可能性よりも現実性を見てしまう。そのために、これから育つ芽を見逃しているのかも知れないと感じた。
 私が鈍感なところは、男関係だけのようだ。大学に入り、友達といろいろ話していても、話に乗り遅れることもないし、どちらかというと、話題を自分から出す方だ。話の中心になることも多く、それはきっと人と違う意見を持っているからだと思っている。
「反対意見も真剣に聞いてくれる友達ばかりでよかったわ」
 頼子に話したことがある。
「反対意見を言えるっていうことは、主流になっている一般意見をしっかり把握しているからなのよ。そうでないとただのわがままな意見になって、押し流されてしまうわ。真剣に聞いてくれない人は自分の意見の押し付けじゃないのかしら」
 というのが頼子の意見だった。
 目からウロコが落ちるとは、まさしくこのことである。話をしていて、ハッとしたのは言うまでもない。
「頼子は相手の意見をしっかりと聞く方? それとも、自分の意見を押し通す方?」
「どちらもあるわね。相手がおかしなことを言っていると思えば、相手の話を理解しようとするけど、それでも分からない時は、もう聞く耳なんて持たないわ。逆に相手が私の意見を一生懸命に聞いてくれる時は、自分の意見を捲し立ててるわね」
「臨機応変というやつね」
「そうじゃないと、会話にはならないわよ。いくら私が現実的だと言っても、それくらいの道理はわきまえているつもりよ」
 旅行から帰ってくると、頼子はすぐにいつもの生活に戻っていた。私も見た目は普通の生活に戻っていたが、あれほど楽しい旅行は初めてだったので、しばらくはその余韻に浸っていたかった。
 頼子は柏木さんのことをあまりよく思っていないようだが、私は気になる存在だった。カメラマンという特殊な職業は、感性のようなものがなければ成り立たないと思っているからで、感性鋭い芸術家肌の男性に以前から興味を持っていた。
 大学の友達の中には感性を持った男性もいなくはない。しかしなぜだろう? その人に興味を抱くということは、あまりなかった。私を見る目が、あまりにも女性という意識で見ているからかも知れない。
 相手が私のことを、女性という意識で見ていることが、すぐに分かる方である。自分が男性の気持ちに関して鈍感なくせに、相手の見る目が分かるというのもおかしなもので、そのくせ、気がつけば、相手を好きになっていることが往々にしてある。だからであろうか、露骨に最初から私を女性という意識で見られることに警戒するのだ。
 そういう意味で、柏木さんはあまり私たちのことを女性として意識していなかったように感じる。最後にカメラを向けたのだって、純粋に芸術作品を撮りたかっただけだと思っている。頼子に言わせれば、
「そんなのあの男の作戦に決まってるじゃない。あなたは鈍感なんだから」
 と言われるのは目に見えているだろう。だが、一度は連絡を取ってみたかったのだ。
「もしもし、柏木さんですか? 私、黒川温泉でご一緒させていただいた森口凛子と申します」
「ああ、わざわざ電話くれてどうもありがとう。おかげさまであの時は有意義な時間を過ごさせてもらいました。写真ができたんですけど、お渡ししましょうか?」
「ええ、嬉しいですわ」
 新宿で落ち合うことにした。ちょうど、柏木さんの仕事の関係で、その日は新宿が一番よかったのだ。夕方の新宿はさすがに人で溢れていて、見つけることができるか不安だったが、
「やあ、お待たせしました」
 私が見つけるよりも先に、彼が見つけてくれた。
 黒川温泉の時と同じようにトレードマークのカメラを首からぶら下げていて、肩からはカメラの道具の入っているであろう四角いカバンを架けていた。
「これだけ多くの人の中から、よく私が分かりましたね」
「職業柄かな? たくさんの人の流れも見慣れているし、鳥の大群だって見ることもある。そういう意味では造作のないことだよ」
 新宿駅から少し奥まったところにある喫茶店に連れていってくれた。レトロなレンガ造りの外観ではあるが、中に入ると思ったより明るくて、木の椅子やソファーが綺麗である。
「洒落たお店をご存知なんですね」
「ここは仕事関係の人と来ることはないんだ。一人でいたい時に来ることが多いかな」
「そうなんですか。ところで先ほど、鳥の大群って言ってましたよね。私を見つけるのと鳥の大群と、どんな関係があるのかしら?」
「僕は鳥にしろ、動物の写真を撮りに行くことも多いんだけどね。特に鳥の大群を撮ることが多いかな? そんな写真は、仕事用と、プライベート用と二つ撮るんだよ」
 運ばれてきたコーヒーを一口飲んで、柏木さんが話を続ける。私は話を聞きながら一口だけコーヒーを味わった。
「仕事用というのは、鳥の大群を写すのが目的なんだよね。鳥一羽だけに注目して撮るんじゃなくて、全体をファインダーの中に収める。全体的な動きがダイナミックに写るからで、ファインダーの大きさをより大きく見せるための被写体としては、鳥の大群が一番いいんだ」
 私は話を聞きながら情景を想像してみた。確かに雑誌などの写真で、鳥の大群が飛び立つ写真を、壮大な写真だと感じながら見ていたことを思い出していた。躍動感が溢れていて、鳥一羽一羽のことなど、気にしたこともない。
 柏木さんの話を食い入るように聞いている。興味深い話をしてくれているので、一言一言に集中していたかった。言い回しも少し思わせぶりなところがあり、そこがまた興味をそそるところでもあった。
 さらに柏木さんは続ける。
「でも、僕にとってそれだと中途半端なんだ。確かにファインダーから見える光景は壮大なものがあるんだけど、一羽に集中すると、それまでに見ていた壮大さとは違うものに見えてくる。人がそれぞれに表情があるように、鳥にもそれぞれ顔があると思うんだ。皆同じ顔に見えていても、少しずつ違う。動きだって同じことで、一糸乱れぬ行動であっても、それぞれに違いがあるんだよ。これは言葉という意味でも同じかも知れないね」
 柏木さんはそこまで言うと、またカップを口元に持っていって、コーヒーを飲んでいる。今度は一口というわけではないだろう。「ゴクリ」と喉が鳴ったように聞こえた。
「言葉?」
「そう言葉。人以外にだって言葉があるんだろうね。犬やネコ、鳥にしてもそうだし、また鳴かないと思っている動物にしても超音波で会話しているかも知れない言葉という概念だよ。僕たち人間が聞いても、犬だったら「ワンワン」というように同じにしか聞こえないだろう? だけど彼らにはそれが分かっている。どこかに彼らだけが分かる違いがあるはずだと思うんだ。鳥の飛び立つ姿だってよく見ると違いがある。僕はそれを自分の中の芸術として残したいと思っている」
「あなたは両面から見ることができる方なんですね?」
「そうだね。大群を全体として見ることもあるし、その一部を見ることもある。そうしなければ、カメラマンなんてやっていけないだろうからね」
「大変なお仕事なんですね?」
作品名:短編集34(過去作品) 作家名:森本晃次