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短編集34(過去作品)

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 学級委員もやっていたらしく、成績も優秀だったようだ。私のように必死に勉強し、何とか入ることができた大学も、彼女にとっては、苦になることもなくの入学だったのだ。もちろん、もっと上の大学を目標にすれば違ったのだろうが、彼女にとって最初からこの大学が第一志望だったようだ。自分の専攻したい学問の第一人者といわれる教授の下で勉強したいというのが、そもそもの進学目的だったからである。
 彼女は現実的な性格を持っているが、完璧主義者というわけではない。目標もしっかりしていて、本当に融通が利かなそうに見えるが、それは表面上のことで、そうでもなければ、女性から慕われるわけはない。
「自分に厳しく、他人に優しく」
 というのが彼女の信条のようだ。
 そんな頼子とは、学生時代によく旅行に出かけた。元々大学に入れば旅行に行きたいと考えていた私だったので、
「今度、一緒に旅行に行かない?」
 と頼子に声を掛けられた時は嬉しかった。
 大学で友達がいっぱいできた私だったが、本当に仲のいいのは、数人だけである。確かに会えば挨拶を交し、いろいろな話題に話を咲かせたり、一緒に街に遊びに行ったりショッピングに出かけたりする人は増えた。しかし、真の友達と言える人は、思ったより少なかったのも事実である。
――こんなものなのかな――
 自分の性格を変えて、まわりに自分を曝け出すようにすることで、集まってくる人は多かったが、その関係がこれほど軽くて薄いものだとは思ってもみなかった。
――やっぱり学生時代というのはこんなものなのだろう――
 とも考えたが、では、社会に出ればどうなのだろう?
 高校を卒業して就職した友達に連絡を取ったことがあった。
「どうしたの、あんたから連絡を取ってくるなんて」
「いえ、高校時代あまり話すことがなかったので、ちょっとお話がしてみたいと思ったのよ」
 本当に他愛もない話をするだけのつもりだったが、友達はそうでもなかった。ストレスが溜まっているのか、随所で、不満が噴出してきているようで、聞いているだけで、話の重さに辛くなることがある。
「友達? そうね、いなくはないけど、どうしても会社での会話は表面上の会話なので、本当の友達を作ろうとするのはなかなか難しいわね。とにかく、皆、本音を言おうとしないのよ」
「そうなんだ。大学の友達は、軽く感じるのよ。極端ね」
 私はどちらかというと、本音をあからさまに曝け出す方だ。高校時代までは、本音を曝け出すのが嫌で、人と話さなかった。大学に入るとそんな自分のすべてを変えようとしていたので、本音を曝け出してみると、これが実に気持ちいい。相手も本音を曝け出すことで、私との会話に広がりを感じ、話が膨らんでくる。まさしく私が理想とした友達関係だったと思っていたのだ。
 今でもその気持ちに変わりはないが、一旦、感じてしまった友達との会話の軽さを払拭することができず、社会に出た友達に連絡を取った。結局、私の期待した答えを得ることができずに、数人の本当に仲のいい友達を大切にしようと考えていた。
 その一番に頼子がいることに、間違いない。
 頼子と旅行に出たのは、夏休みに入ってすぐだった。長い夏休み、最初の方であれば、お互いに時間が空いていたのだ。
「どこに行きましょうか?」
「九州がいいわ」
 頼子は九州の温泉に憧れていたようだ。九州の温泉といえば、私の頭の中には、別府、雲仙、指宿が浮かんだが、
「湯布院がいいわね」
 頼子は湯布院を希望した。
「いいところなの?」
「ええ、観光地化されていて、近くにもいろいろ温泉があるらしくって、面白いみたいよ」
 さっそく観光ガイドブックで見ると、確かに湯布院の近くには黒川温泉などもあり、いろいろ楽しめそうだ。黒川温泉など、特にチケット制になっていて、いろいろな温泉に浸かることができるようだ。
 さっそくその予定を組むことにした。これが私の大学最初の旅行となった。
 飛行機で福岡まで行き、そこからは、電車で湯布院まで向う。それからは、レンタカーを借りての移動という計画を立てた。
 初めて見る湯布院という街は、後ろに豊後富士と呼ばれるほど綺麗な三角形を山頂に二つ描いて望む由布岳が聳えており、見るものの心を和ませてくれる。その由布岳の麓に位置する湯布院町は、四季折々の顔を持っているらしく、夏は夏で避暑にはもってこいの街になっている。
「本当は秋から冬が綺麗らしいのよ。朝霧が出て、ちょうど盆地になっている湯布院をスッポリ包むらしいのよね」
 ガイドブックを見ながら、頼子が話してくれた。
「でも、夏でも綺麗みたいよ」
「私は文化的なところのある湯布院という街を眺めてみたいの。以前、瀬戸内地方に旅行に行ったんだけど、そこでは倉敷や尾道が芸術や文学に精通していて、とてもよかったのよ」
「今度はそっちにも行ってみたいわね」
 そんなことを話しながら、二人は金燐湖を中心としたエリアに向った。ここには少し大きな池である金燐湖に繋がっている小さな川のほとりを少し歩くと、民芸村に出てくる。
民芸村は工芸品が主で、湯布院美術の原点ともいえるかも知れない。中では陶芸などの体験もできるみたいだが、二人はその様子を眺めただけで、出てきた。近くにあるお茶屋さんに入り、ゆっくりすることにした。
「思ったより、こじんまりとした街なんですね」
「観光地っていうのは、こんなものよ。でもそれにしては、いろいろあったでしょう?」
「ええ、そうね。初めてのお友達との旅行なので、すべてが新鮮なんでしょうね」
「きっといい思い出になると思うわよ」
 出窓のようになった大きな窓から、川を挟んで、金燐湖を望むことができる。その向こう側に聳える由布岳に夕日が当たっていて綺麗だった。
 近くに寄せ書きノートが置いてあり、ペラペラと捲ってみる。
「私も書こうかしら」
 思わずボールペンを手に取り、書いてみる。何を書いていいのか分からなかったが、記念ということで、日付を入れた。
――とにかく今感じていることを書けばいいんだ――
「由布岳の美しい夕日に魅せられました」
 とだけ、書いておいた。あまり言葉を並べて、本質を失いたくないというのが本音だったのだ。
 それから宿に向かい、露天風呂を堪能した。料理も山の幸、海の幸とふんだんで、話を聞くと、別府湾には新鮮な海産物があり、そこから持ってくるらしい。山の中のイメージしかなかったが、本当に素晴らしいところだということに感動していた。
 湯布院という街は、由布岳とは切っても切れない関係にあることを、滞在中に感じていた。一番私の印象に残ったのは、お茶屋さんの窓から見た「由布岳の夕日」だったのだ。夕日に照らされた山肌と、影になった反対側の山肌が、あまりにも対照的で、気がつけばじっと見入っていた。初めての友達との旅行という気持ちを差し引いても、間違いなく由布岳の夕日は私の中にしばらく強い印象を与え続けるであろう。
作品名:短編集34(過去作品) 作家名:森本晃次