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短編集34(過去作品)

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 と心の中で叫んでいた。今から思えば嫌な女である。だが、一生懸命に打ち込んでいるのは事実、輝いていたことだろう。
 試験の日が近づいてくるにしたがって、神経質な性格は最高潮に達した。まわりの色が黄色掛かって見えたり、人の笑顔がわざとらしく見えてくる。私はそれを被害妄想だと思い込んでいた。
 確かに被害妄想もあっただろう。原因は被害妄想から来ているのは分かっている。しかし、この感覚は初めてではない。中学時代にもあったのを思い出していた。
 どこから来るものなのかは分かっても、中学時代当時の気持ちを思い出せないので、対応のしようがなかった。試験が近いことでの精神的な圧迫がそうさせるのだと思って、いつものように勉強に勉強を重ねていた。そして気がつけば試験の当日を迎えていたのである。
「そんなに難しいものではなかったわ」
 試験が終わって最初に感じたことである。その証拠に自己採点どおり、合格ラインに達していて、めでたく入学することができた。
――これで自分が変えられる――
 合格発表を見た瞬間に感じたことだった。
 まわりでは、合格者の狂喜乱舞、不合格者の、見るに耐えない憔悴した姿、まるで人生の縮図のようだ。
――神様はなんて残酷なんだ――
 とまるで他人事のように見れたのも自分が合格していたからだろう。
――こんなものなんだ――
 あれだけ猛勉強して、やっと合格を手に入れたのに、思った以上に感動がなかった自分が不思議だった。
 合格すると、もう人生の成功者になったような気分になっていた。緊張の糸がプッツリ切れて、大学の雰囲気に嵌まっていく人間にだけはなりたくなかった。しかし、自分を変えたいと思う気持ちは強く、どうしても大学の雰囲気に染まる必要はあったのだ。
 大学というところは、極端である。勉強をするつもりで入ったのに、人間関係を重視するあまり、勉強をおろそかにしがちな人、かと思えば、勉強を中心で、友達も少なく、高校時代の延長のような人間がいる。
 大学に入り、友達がたくさんできて、性格を変えている人間から見れば、暗い人種に見えることだろう。
――同じような目で見られていたんだな――
 と思うと、複雑な心境である。
 しかし、本当に大学に入って、自分の性格が変わったのだろうか?
 人間の性格なんて、そんなに簡単に変えれるものでもないはずで、表向きには変わっても、実際に仲間意識を持った時に、その中でも自分が異端児的なところがあることを、感じるはずだ。
 家に帰ると一人暮らしの私は、また違う私が顔を出すのだ。元々勉強が好きな私は、受験勉強とは違って、余裕のある勉強が好きだった。詰め込みではなく、自由な発想を持つことができる余裕、それが嬉しかったのだ。まだ入学してすぐなので、専攻の学問というよりも、一般科目の中でも高校時代から好きだった日本史の本を買ってきては読もうと思っているのだ。それも、雑学的な分かりやすい本で、「裏日本史」とも言えるような内容の本である。
――こんなに日本史って面白いんだ――
 というのが、正直な感想である。
 幸い、私の借りたアパートは、ほとんどが女性で、学生の溜まり場となることもなく、静かに勉強できる環境だった。勉強というと堅苦しいが、教養を身につけるという程度のものである。それも一つの勉強だ。
 私の長所は、記憶力がいいことだと思っていた。試験でも暗記物は得意で、少し勉強しただけで、ほとんどが頭に入っていた。しかもその記憶力には持続性があり、試験が終わってもしっかり覚えていたりする。だが、長所はそれくらいのもので、あとはすべてが短所ではないかと思っていた。引きこもりやすいタイプで、すぐ真に受けてしまう性格、人が誰かから何かを言われているのを聞いただけで、自分が言われているような被害妄想的になってしまう、そんなところもあった。しかも、不安が不安を呼び、それがだんだん広がって鬱状態に陥ったりしてしまうところが、私の最大の短所だろう。
――短所は長所と紙一重――
 だと思っているが、私のような性格でも長所に変えることができるかも知れないと感じている。環境が変わることで、友達が変わることで、自分の短所だと思っていたところが長所となれば、それに越したことはない。隣に住んでいる女性が気になるのも当然というものである。
 それから毎日のように、頼子と一緒に食事をした。大学のキャンパスは広く、学部も違う私たちがキャンパス内で出会うことは希だった。
「あら、こんにちは。キャンパス内で会うなんて奇遇ね」
 というくらい、珍しいことだった。お互いに部屋でのリラックスした姿しか見ていないので、キャンパス内での姿が澄まして見えるかも知れない。どちらが本当の頼子なのか分からないが、キャンパス内で見る頼子も、決して私の知らない頼子ではないはずだ。一度出会ってしまうと不思議なもので、それからちょくちょく見かけるようになった。それまで、
――出会うこともないだろう――
 と考えていたから気にならなかっただけで、実際には出会う機会はあったに違いない。しかも私の中で、
――頼子は大学の友達とは違う友達――
 という思いが強く、私のプライベートを一番知っている頼子とは、部屋の中での仲であると思い込んでいたようだ。
 いろいろ話をするうちに、頼子が私とは正反対の性格であることが分かってきた。それでも話が合うことから、ここまで性格が正反対だとなかなか気付かなかった。きっと正反対の性格だからこそ、惹きあうところもあったに違いない。
 頼子という女性、いつも現実的なものの考えができる人である。しかもすべてを数字のように規則正しく並んだものだというような考えで、少し無理があるようなことでも、法則を探すことで解決しようとする。しかも、それでうまく行ってきたのだから、信じられない。それを信じられないと思っているのは、おそらく私だけではないだろう。
 もちろん、わたしのすべてが理想主義で、彼女のすべてが現実的というわけではない。頼子だって叶えたい夢や理想を持っているし、私も現実を垣間見るのだ。しかし性格が極端に違う二人が偶然、隣同士になったことには変わりない。
 高校時代までの頼子は、学校でも友達がたくさんいたようだ。
「しっかりとした女性」
 ということで、男性よりも女性に人気があった。男性からは、あまりしっかりした女性は好かれることがないようだ。可愛げがないと思うのだろう。
 しかし女性からは、「姐御肌」として慕われるはずである。まるで目に浮かぶようだ。
それでも私が同じ高校であれば、近づかなかったように思う。なぜなら、融通が利かず、妥協を許さないタイプの女性に、私のような理想主義者はついていけないからだ。お互いに鬱陶しく感じ、会話が成立することなどないであろう。
作品名:短編集34(過去作品) 作家名:森本晃次