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短編集34(過去作品)

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 だが、実際の自分はどうなのだろう?
 余計なことを考えたり、感じたりすることが、すべて損だと思うようになると、損なことは絶対にしないようにしようと考えるのが本能というもの。億劫という言葉が嫌いだったくせに、今は口癖のようになっている自分が嫌である。
 バンガローで思い浮かべる主人公は私である。
 今だに、主人公の私以外登場していないが、まわりの情景を描くだけで、原稿用紙数枚を要していた。寒さをどう表現しようか迷うところであるが、風が強いだけでは難しい。特に秋という季節に限定しているため、寂しさを強調することで、季節や寒さを表現できるだろう。だが、それが難しいのである。色を表現するのも難しいし、とにかく伝わり方で、読者の想像力はかなり変わってきてしまう。
 主人公は、サラリーマンである。大学を卒業し、それほど間がない、まだ二十代後半の青年をイメージしている。
 一人で来る理由を考えてみよう。
 仕事に疲れてやってくる人間が、一人の女性と出会って、運命が変わってしまうというのがいいかも知れない。失恋で旅に出るという人物のイメージは、私の中で発想が難しい。
なぜなら私も一度失恋して旅に出たことがあったが、その時の結論は、
「結局、何も変わらないじゃないか」
 と思っただけだった。このイメージがある限り、私には書けない。私の描きたい主人公は優柔不断なところもあるが、傷心旅行をするような男性であってはならないという「こだわり」がある。
 そこで出会った女性を好きになり、何かが原因で、彼女を殺してしまう……。
 ここまでは大まかではあるが、考えている。
 私はストーリーを決めずに書き始める方である。書いているうちにストーリーが変わってしまう危険性はあるが、それでも、書きながら生まれてくる発想も捨てがたい。
 主人公が私より少し年が若いということで、自分が主人公の頃のことを思い出す。まだサラリーマンをしていて、そろそろいろいろなことに疑問を抱き始めた頃だろうか?
 もし、あのまま脱サラせずに、サラリーマンを続けていたらどうなっただろうと考えることもある。私の場合は、前から小説を書くことを趣味にしていたので、サラリーマンをしながらでも、他の人と違った視点を持っていたはずである。純粋なサラリーマンがどんな夢を見て、どんな生活を考えていたかなど、考えたこともなかった。小説の中でサラリーマンが出てきても、すべての発想は私の中のものでしかない。したがってサラリーマンが読めば、少し違うと思うだろう。それがひょっとしてうけるのかも知れないと考えている。
 書き始める時、主人公はあくまで自分である。書いていて、自分の過去を振り返っていることには違いないのだが、書いているうちに主人公が一人歩きを始めたように感じることがある。
――もう一人の私――
 いつも存在を意識しているわけではない。書いているうちに気がつけば、もう一人の私を意識しているのだが、意識せずに書き終わることもある。そんな時は時間があっという間である。
 もう一人の自分を意識すると、まるで時間が止まったように感じ、そこから先は違う世界が開ける。したがって時間が果てしなかったように感じるのだが、後から思い返すと、虚実の時間ではないだろうか。もう一人の自分を感じなかった方がハッキリと覚えていたりする。実に不思議なことだ。
 損得勘定で動く自分はどちらの自分なのだろう?
 いつもいろいろなことを考えているのだが、ふと我に返ると、何を考えていたか分からなくなる。夢から覚める瞬間に似ていたりするのだが、それほどゆっくりではない。一気に覚めるだけに、時間をかけても思い出せるものではない。
 元々、物忘れの激しさを気にしていた私だが、小説を真剣に書くようになって、特に感じる。たった今考えていたことをまったく覚えていなかったり、覚えているのだが、それがたった今考えたことだったのか、ずっと前に考えたことだったのか分からないのだ。
 いい発想を思いつき、
――前にも一度考えたことがある――
 と思うと、たった今考えていたことだったような気がする。だが、発想を思い浮かんだ時の背景も一緒に思い出せることがあるのだが、それが小学校のグラウンドだったりすることもあり、たった今だというのが気のせいであることを自覚する。封印されている記憶というのは、出てくる時は実に曖昧なものなのだろう。
 頭の中が絶えず考えているので、繋がりのない記憶は順次、記憶の奥に封印されてしまうのだろうか?
 封印を解く鍵は、意外と簡単なことなのかも知れない。呪文を唱えて解けるものもあれば、何もしなくとも解けることもある。ただし、時間的な感覚は麻痺しているのだ。考えた時のまわりの状況も一緒に封印しているからであろう。
 執筆する時とは、机の上で原稿用紙に向かって頭を掻きながら悩んでいる姿を思い浮かべていたが、なかなかできるものではない。どうしてもかしこまってしまうと、頭が固くなり、
――噴出す汗のようにアイデアが出てくれば、苦労もしないのに――
 と考えたもので、すぐに気が散ってしまい、テレビなどをつけたりしたものだ。
 さて、主人公の性格であるが、実はそれが一番難しい。自分の性格は分かっているようでも、表現したり、ストーリーを展開させたりするのは難しい。なぜなら一つだけの性格ではないように感じるからだ。二重人格的なところがあるのは自覚している。しかし、どこかで繋がっているのも分かっている。何か心境の変化のようなものがあって、その時々で感じることが、心に変化をもたらしているはず。
 背景から固めていかないと、性格を表現するのは難しいだろう。
 しかし背景がバンガローではなかなか表現しがたくなるので、そこで考えるのが回想シーンである。バンガローのシーンは、最初と最後にすることにした。
 男は、普段から一人であった。一人が好きだと思っている。しかしそれは結果としてそうなるだけで、まわりに人が寄って来なくなり、寂しさを痛感した時期もあっただろう。自分から寂しさを紛らわすために人に近づいていく人もいるだろうが、彼は孤独に耐える方を選んだ。
 男には趣味があった。釣りをすることである。海へ行っての釣りではなく、山の中での小さな川や、少し大きな池での釣りを趣味としていた。小さな川での釣りはさすがに忙しいが、大きな池ではボートを借りて、一人釣り糸を垂れる程度のゆっくりしたものだ。
 風が吹けば、風を感じ、水面にできる年輪のような波紋を見ていると、ボーッとしているだけの自分になれる。そんな男である。だが、きっとボーッとしながらでも何かを考えているのだろう。そうでなければ、一人じっとしているなど考えられないことだ。もちろん、自分で意識などしていないだろう。ただ釣り糸に神経を集中させていると本人は思っているのだ。
 そんな男だが、馴染みの店がないわけではない。
 大学時代から馴染みの店を持つことが夢で、普段の生活でかかわりのある人に絶対知られたくない自分の隠れ家、それが馴染みの店だと思っている。
 家から近いようで、それほど近くない。歩いて十五分以上くらいの距離のところに馴染みの喫茶店があった。
作品名:短編集34(過去作品) 作家名:森本晃次