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短編集34(過去作品)

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本質



                   本質


 私が頼子と知り合ったのは、女子大生の頃だった。家を出て初めての一人暮らし、大学の近くの学生アパートを借りると、その時の隣の部屋が頼子だったのだ。
「初めまして、私、隣に引っ越してきました森口凛子といいます。よろしくお願いします」
 と、引越しの挨拶に行ったのが最初だった。
「よろしくね。私は、藤田頼子っていいます。源頼朝の頼に、子供の子と書きます」
 あまりニコニコとしていなかったが、それが却って頼れそうで、まるで名前のような人だと感じた。
 隣に頼れる人がいてくれるのはありがたいことだった。何しろ初めての一人暮らし、期待よりも不安でいっぱいなのだ。特にすぐに余計なことを考える心配性の私である。迷ったら導いてくれそうな人がいることがありがたかった。
 最初の頃は頻繁に隣の呼び鈴を鳴らしていた。
「夕食作り過ぎちゃったんですけど、もし夕食まだでしたら、ご一緒しませんか?」
 などと、理由をつけては頼子を誘っていた。
「ええ、まだなんです。よろしいんですか?」
「ええ、もちろんです。一人で食べるのも寂しいですからね」
 途端に私は上機嫌になる。そんな私を見る頼子の顔が、まんざらでもなく見えるのは、贔屓目だからだろうか。
 元々、最初から計画していた。夕食をあまり早く食べる方ではない頼子のパターンは分かっている。大学の授業が終わってからサークルがある日は遅くなるからである。それから夕食の準備をするのでは、食べるのは八時過ぎくらいだろう。六時過ぎくらいに用意しておけば、ちょうどいい時間になる。
 次第に頼子は、私の誘いを楽しみにしているようだ。
「やっぱり、一人よりも二人ですよね」
「ええ、そうね。私も一人だと寂しいわ」
 そう言いながら、おいしそうに舌鼓を打っている。
「あなた、料理がうまいのね」
「そんな、頼子さんに褒めてもらえると、嬉しいわ」
 頼子は私のことを「あなた」と呼ぶ。一度聞いてみると、
「最初に、あなたと言ったから、そのままあなたと呼んでいるだけよ。深い意味はないわ」
 実に頼子らしい答えである。私は即座に納得した。
「私はあまり料理が得意ではないので、羨ましいわ。今度教えてくださいね」
 その言葉が嬉しかった。褒められたことよりも、教えてほしいと言われたことの方が嬉しい。
 確かに私は料理が好きだった。他のことにはあまり自信がないが、料理だけには自信があったと言っても過言ではない。その料理を「美味しい、美味しい」と言って食べてくれるのだ。こんな嬉しいことはない。
「ええ、もちろんですよ。私も楽しみだわ」
 会話をしながらの食事は楽しく、時間もあっという間に過ぎていった。食事が終わると、一緒にテレビを見たり、大学生活の話題など、他愛もない話で盛り上がったりしていた。私からの話題もあるが、頼子からの話題もある。女二人寄れば、それなりに話題は尽きないものであることを、その時、今さらながらに気づかされた気がした。
 高校時代、私は地味な女の子だった。大学に入ってからはなるべく友達を作ろうとして、いろいろな人に声を掛けたりしていた。そしてできた友達には頻繁に声を掛ける。
「凛子、今度一緒に映画を見に行きましょう」
 などと、よく誘われたりもする。もちろん、断ったりもしないので、結構、大学生活は有意義なものであった。
 しかし、それも、最初に友達になった頼子がいればこそである。
 隣に頼りになる人が住んでいると思うから、心配性の私でも、人に気軽に話しかけることができるのだ。高校時代まで人と付き合うのは苦手だと思っていた自分が嘘のように感じる。
「森口は暗いからな」
 中学時代に偶然聞いてしまったこの一言が、私を引きこもりにさせてしまった。
 私が好きな男の子の声だったことが、二倍になって私を襲う。
――そんな、ひどいわ――
 本当なら、私から話し掛けて仲良くなるべき相手である。何度、話しかけようかと迷ってやめたことか……。そんな私の気持ちも知らずに、
「森口は暗いからな」
 と言われてしまった自分が情けなかった。
――あんな人を好きでいたんだ――
 という思いが強く、却って憎しみが残った。
――可愛さ余って憎さ百倍――
 というとおりである。
 それが私の初恋の末路だった。
 相手への憎しみの気持ちもさることながら、それよりも自己嫌悪の方が強かった。
――そんなに皆から暗い女に見られてるんだ――
 と思っただけで、人生が真っ暗になるのを感じた。その時から不安なことができれば、私の中で広がっていくタイプであること、絶えず不安を抱えながら生活をしている人間であること、などを自覚するようになっていた。
――大学に入れば、人生変えてやる――
 と思ったのは、環境が変わることが分かっていたからだ。
 そのための勉強は惜しまずにやった。目標の大学に合格するために、今までの生活を変えて、とにかく勉強を必死になってやった。
 怖い夢を見たこともある。
 入学試験の夢が多く、最初に見た夢は、体調を崩し、試験を受けられなかった夢。しばらくして見た夢は、くまなく勉強したつもりだったのだが、出題は全然違う出題だったこと、数学の試験で、算数やなぞなぞのような試験では、戸惑ってしまって、分かるものも分からない。不思議な夢だった。そしてまたしばらくして見た夢は、勉強したところがバッチリと出題されて、回答も完璧だった。しかし、テストが終わり、答案用紙が回収された後に、初めて気づく、
「あ、名前を書いていない」
 もちろん、失格である。私は叫ぶ。
「すみません、答案用紙に名前を書いていませんでした。書かせてください」
 試験官の先生は私の声が聞こえているはずなのに、振り向こうとしない。いくら叫んでも聞いてくれない。息が上がって声が出なくなってうな垂れていると、急に立ち止まった試験官が、こちらを振り向く。
「ふふふ」
 私にはハッキリと笑い声が聞こえた。
 と、そう感じた時である。私はそのまま目が覚めたのだ。
 そのすべての時に、背中に汗を掻いている。起きてから夢だったことに気付くが、夢を見ている時は、そのすべてが、連続した夢であるような気がして仕方がなかった。
 私という人間はそれほど思いつめると神経質になる人間なんだということを思い知らされた。
――他の人はどうなんだろう――
 当然の疑問である。しかし、さすがに恥ずかしくて聞けないし、聞けるような信用の置ける友達がいるわけでもない。当時の私は猜疑心の塊で、余計なことを他人に話すことは命取りだと思っていた。きっと付き合っていた人から言われた、
「森口は暗いからな」
 という一言がずっと頭に残っているからだろう。
 不安が不安を募らせる。考えれば考えるほど辛くなる。しかし、受験勉強はそんな私に幸いした。
 一心不乱に勉強していると、余計なことを考えなくなる。考える暇もなければ、余裕もない。私にとっては嬉しかった。夢さえなければこれほど気持ちよかったのは久しぶりだった。やはり、孤独が似合う女なのだろうか?
 友達の他愛もない会話を聞きながら、
「どんどん、話をしなさい。そして私との差をつけていくんだ」
作品名:短編集34(過去作品) 作家名:森本晃次