短編集34(過去作品)
何か理由があって死が怖いはずである。目の前に浮かんでいる浮きは何も語らず訴えてくるものもない。今までであれば、自分が感じたことを納得させるかのように浮きがそれなりに答えてくれていたように思う。それが何も言わなくなったのだ。
「答えてくれよ」
心の中で叫ぶ。だが答えは返ってこない。
よく見ると、目の前に白いものが見える。まるで死に装束だ。
汗が額から流れ落ちる。焦りはそのまま海への集中となり、距離感すらなくなってくるようだ。
――このまま海に誘われるように落ち込んでしまうのではなかろうか――
そんな予感すらあった。だが、何かがそれを必死に抑えている。自分の中にある何かだということは分かるのだが、それが何か分からない。自分自身で封印してきたものが必死になって顔を出そうというのだろうか。
そういえば汗など離婚してから夢の中でしか掻いたことがないように思う。それでは今も夢の中なのだろうか? いや、そんなことはない。紛れもない現実だということは自分が一番よく分かっている。
「今までが夢だったんだろうか?」
思わず呟いてみる。
海を見ながら頭を触ってみると、何とフサフサとした毛並みを感じた。こんな感触は何十年ぶりのことだろう。やはり今までが夢だったのだ。「生きよう」という気力、忘れていた気力を思い出しただけで、自分は髪がフサフサだった頃に戻ってきたのだ。
その気力を思い出させてくれた友人の影、あれは夢が見せたものか、それともうつつ状態で見た夢か、どちらにしても必死になって感じたことで、無気力という夢から覚めたのである。
きっと無気力という夢は自分が見せた幻、そして
「未完成な夢」
ではないのだろうか……。
遠くでビートルズの音楽が聞こえる。幻聴だとはどうしても思えない。近づいてくる音楽、それとは逆に目の前の白いものが遠ざかっていった……。
( 完 )
作品名:短編集34(過去作品) 作家名:森本晃次