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短編集34(過去作品)

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 歳を取ると子供に戻っていく。純粋な気持ちだけになればいいのだが、何も知らなかった頃の楽しさを無意識に求めているような気がする。何も知らずに若さが前面に出ている頃は、怖いもの知らずだったが、今は怖いものを知りたくないという気持ちから、万事において臆病になっている。きっと妻の行動を監視しはじめ、自らが発見した妻の裏切りを目の当たりにしたことで、勇気も何もかもが吹っ飛んでしまったのだ。
 それでも、妻が謝ってくれて、それがいいきっかけとなり、お互いにまた気持ちが一つになればやり直しが利いたかも知れない。
 あの頃の三浦氏は若かった。売り言葉に買い言葉、責めるつもりはなくとも、不倫の現場を偶然見つけてしまったことで頭の中は興奮で苛立っていたのも無理のないことだった。
自分から妻を監視している時には何も発見できなかったことで、取り越し苦労だったと、ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、少し自信を取り戻し掛けていたにもかかわらず、見てはいけないものを見てしまったのだ。
 それはホテルから出てくる妻と男の決定的瞬間だった。これ以上ないというほどの屈辱的な感覚、あれを見せられては、今までの気持ちは完全に萎えてしまう。男としての自信もプライドも気持ちの余裕までもが吹っ飛んでしまった。
 目を疑うとはまさしくこのこと、行動を監視している時にはなかった気持ちの余裕を取り戻しかけていただけに、辛さも倍増だった。何よりも自分に対して見せたこともない清清しく、すべてを委ねているような安心感のある葉月の顔に激しい嫉妬を感じていた。
 この際、相手の男などどうでもいい。葉月とうまくいっていると思っていたのであれば、相手の男が気になるが、うまくいっていない最近のことを考えると、相手のことというよりも、自分たち二人の問題が大きく立ちふさがっているのだ。
 妻を問い詰めたのは言うまでもない。嫉妬の炎に目はメラメラと燃えていたことだろう。
何をどのように問い詰めたか覚えていないが、立場的には有利であっても、気持ちに余裕がないため、強く言えない自分がいる。同じことを繰り返し言っていた気がして、話が堂々巡りしていたように思う。
「あなたのそういうハッキリとしないところが嫌なのよ」
「ハッキリとしない?」
「ええ、そうよ。何と表現すればいいのか分からないけど、あなたはいつもどこかで堂々巡りしているのよ、発展性を感じないわ」
 言っている意味が分からないが、気持ちが分かる気がしたのは、自分でも似たようなことを感じたからかも知れない。言われて初めて気がついた部分も多いが、潜在意識に中で感じていたこともある。面と向って言われると、言い返せなくなってしまう。
 そこで出てくる言葉は自分でも言い訳っぽい気がして仕方がない。相手の言葉がすべて言い訳であり、一歩間違うと逆切れされて話し合いが修羅場と化すことも考えられる。それだけは嫌だった。修羅場と化すくらいであれば、まだ口を閉ざした方がいいと考えたのは、それだけ自分が消極的な人間だということだろう。
「あなたのそんな煮え切らないところが嫌なの」
 と言っていたが、確かにこの場に及んでも出てくる言葉が同じことの繰り返しでは、相手に煮え切らないと思われても仕方ない。
 自分でも分かっている。煮え切らないからこそ、相手が業を煮やしてイライラして、違う男に走ってしまうということを。
――本当に自分は葉月を愛しているのだろうか――
 そんな疑問が顔に出たのだろう。
「あなたは本当に私を正面から見てくれているの。私はずっとあなたを正面から見てきたわ。だから正面から見れなくなれば、もう終わりなの」
 終わりということばをハッキリと言われてしまえば、もう気持ちの問題ではない。相手は完全に自分を嫌っているという動かしがたい事実の元、それ以上の話は虚しいだけだ。無口になるのも仕方がなく、それを「煮え切らない」と言われては、もうどうしようもなかった。
 知り合ってから、それまでの楽しかったことが走馬灯のように繰り返される。いつでも従順で、何も言わなくとも気持ちが通じ合っていると思っていた頃だ。
――もし文句や言いたいことがあれば自分から言うだろう――
 というのは、希望的観測に過ぎないだけだったのだ。
 葉月のことは、別れてからしばらく意識的に思い出さないようにしていた。最初は辛かったが思い出さなければ自然と安らかな気持ちになっていき、辛さがなくなる。
 三浦氏も、いい女性と知り合えればすぐにでも結婚したいという願望を持っていた。別れたのだって、自分が悪いわけではない、相手のことを思いやっていたつもりが、どこかですれ違っただけなのだ。その証拠に別れる時葉月は何も言わなかったではないか、あれは罪の意識があるから自分から何も言えなかったのだ。
 葉月という女はそういうところがあった。自分に口では敵わないと思った相手とは決して話そうとしない。殻に閉じこもっているようにも見えるが、潔いともいえる。しかし卑怯な手段であって、相手にする方は疲れ果ててしまう。
 そんな女と別れられてよかったという思いがあったのも事実だ。結婚生活というより、葉月が見つめる冷たい眼差しから解放されたことが、三浦氏を結婚願望へと駆り立てたのだ。だが、それも長くは続かなかった。それから何人か女性と知り合って付き合ったこともあったが、それまでに感じたこともない束縛間を感じた。葉月という女、付き合っている頃や結婚当初は、
「お互いの時間を束縛することをしないのが、私たちのいいところなのよね」
 と言っていた。確かに自分の時間を堪能しながら付き合っていた。それはお互いに尊敬しあっていることが前提だと思っていた。お互いに趣味を持っていて、その時間を束縛しないこと、それが自然にできる二人は本当におしどり夫婦だったはずだ。
 それがどこでそう狂ったのだろう。趣味の時間が家庭での束縛された気持ちの解放につながり、貞操まで解放してしまったのでは、話にならない。それがきっと三浦氏夫婦だったのだろう。最初は信じられなかったが世間ではよくある話、先にそのことに気付いた葉月に先起こされただけかも知れない。
 もし葉月が先に気付かなければ三浦氏が気付いていたようにも思う。だがそれはずっと後になって分かったことで、その時はとにかく信じられないの一言だった。完全な裏切り行為に頭はパニック、女性不信にならなかったのが不思議なくらいだった。
 別れてから一年くらいは、寂しさから葉月への未練を残しながらも、新たな出会いに密かな期待をしたものだった。だが、出会いはあっても、なかなか自分のタイプの女性には出会えない。元々、「来る者は拒まない」タイプで、女性と知り合えば好きにならなかったことがないほどなのだが、どうしても離婚を経験すると臆病になるのか、慎重に相手を観察している自分に気付く。
 自分が臆病だということに気付いてくると、何をするのにも億劫になってくる。会社への通勤電車も億劫、休みの日にどこかに出かけるのも億劫、出会いを求めるのも億劫になってくる。お金を使うことよりも時間を使うことの方が嫌なのはなぜだったのだろう。何もかもが嫌だった時期だった。
作品名:短編集34(過去作品) 作家名:森本晃次