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幻影少年

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 考えが繋がることの楽しさが、頭の中で素直な表現を思い浮かべる。考えすぎてしまって、他の人には皮肉にしか聞こえないことでも、その人にとっては、素直なことが表現されただけのことなのだ。
 樋口が、学校に行くのを嫌だと思うことは、それほどなかった。だが、最近は時々行くのが嫌だと思うことが多くなった。
――夢を見たからかな?
 どんな夢だったのか、漠然としてしか思い出せないが、夢を見たという意識がある時、目が覚めて最初に感じるのが、
「学校に行くのが嫌だ」
 と、感じることだった。
 学校というところは、自分の学生時代には、
「何も感じないところ」
 というイメージが強かった。
 学校は勉強するところだというイメージだけではなく、芸術関係、スポーツ関係に長けている人間を贔屓するところだったのだ。
 樋口には、それが嫌だった。
 スポーツや芸術に精通している人を育てることをモットーにすることで、学校のイメージを良くして行こうという、まるで宣伝目的の方針には、ウンザリしていた。脚光を浴びて入学してきても、全国から有名選手を選出してきているので、それまでいくら他を寄せ付けないほどの実力者でも、全国レベルとなると、果たしてどれくらいのレベルなのかを考えれば、それまでちやほやされていたにも関わらず、いきなり実力の差を見せつけられ、さらについていけないことを思い知らされると、後は奈落の底に落ちるだけだった。
 この感覚、お互いに知っていたわけではないのに、美麗と共有していたのだ。ただ、夢の中で、共有していると感じる生徒がいることを知っているように思えたが、それがまさか美麗なのだということを、樋口は知る由もなかった。
 樋口も学生時代に恋をした。好きになった女性は清楚な雰囲気だったが、成績はいい方ではなかった。成績がパッとしない清楚な雰囲気の女性というのは、男性から見てどうなのだろう?
「清楚なくせに成績が悪いなんて、まるでサギみたいじゃないか」
 と思う人もいれば、樋口のように、
「清楚な女性には近づきにくいと思っていたけど、俺たちと同じで、親近感が湧く」
 という目で見る人とで、賛否両論ではないだろうか。
 前者は、成績のいい人から見た目、後者は、成績の悪い男が見た目となる。
 実際の彼女は清楚な雰囲気の裏に、女の悪い部分を持ちあわせていた。成績の悪さよりも清楚な雰囲気を鼻に掛けるところがあったのだ。樋口は表に見えている部分しか分からなかったので、親近感を感じていたが、そのうちに彼女の雰囲気が変わってきた。
 鼻に掛けている感覚がだんだんと表に現れてきたのだ。
 自分も成績が悪いくせに、樋口を始めとする劣等生をバカにし始めた。自分の表に見える雰囲気がうちに籠めている内面的なものを逸脱した感覚なのかも知れない。
 そのうちに彼女はまわりから相手にされなくなってきた。同じく成績も悪く素行の良くない女性グループに入って、その中で目立たなくなってしまった。
――もったいない――
 樋口は、まず最初にそう感じた。もったいないとは、せっかくの清楚な雰囲気が失われてしまったことをもったいないと感じているのだ。
 その時初めて、自分が本当に彼女を好きなのかどうか、疑問に感じた。好きだというハッキリとした言葉で表せる感覚ではなかったからだろうが、改めて考えてみると、今までは憧れのようなものを持っていただけなのかも知れないと思った。
 そんな彼女にもったいないと感じた自分が不思議だった。そして再度、彼女を見ると、今度はハッキリと、
「俺は彼女が好きなんだ」
 と感じた。
 それは、最初に感じた彼女に対しては高嶺の花だったのに対し、今度は、厭らしい部分ではあるが、別の彼女を見ることができた。
――彼女も普通の人間なんだ――
 と思うと、今度は、嫌いになる要素が見つからなかった。
 もったいないと感じたのは、他人事のようであるが、それは清楚という表にだけ出ていた、見せかけの性格を素直に感じただけだった。もったいないという感覚を、自分の中で外してしまうと、普通の女の子が残り、目立たないが、ただ見つめているだけで、自分のものになったような錯覚が生まれたのだ。
 もっとも、他の彼女に憧れていたり、好きだと公言していた男のほとんどは、彼女をすでに見ていない。鼻に掛けるようになってから、すでに気持ちは離れているのだろう。
 それが普通の男性の感覚なのかも知れない。憧れの部分が幻滅に変われば、離れて行くのは当然だ。樋口もそうなっていたかも知れない。だが、そうならなかったのは、
「もったいない」
 という気持ちになったからだ。
 樋口が真剣に先生になろうと思ったのは、その彼女のことがあったからだ。
 もったいないという気持ちを忘れずに、彼女のような女の子をなるべく堕ちて行かないようにしてあげるのが、自分の責務のように思っていた。
 樋口が教職に就いてからしばらく、その気持ちは忘れていた。今でも完全に思い出せるわけではないが、その時の女の子のことを思い出させてくれたのが、美麗との再会だったのだ。
 美麗と彼女が似ているわけではない。美麗が在学中に意識しなかったくらいなので、樋口の好みというわけでもない。もっとも、就職してなるべく生徒に手を出さないようにしなければという自覚があったので、意識がなかったのも当然かも知れない。
「そんな俺が一目惚れするなんて」
 もちろん、利恵のことだった。
 利恵が樋口の一目惚れに気付いているとは思えない。もし一目惚れに気付くような女性であれば、好きになるようなことはないと思ったからだ。
「何も知らない、純真無垢な女性」
 これが、樋口の好みだった。
 学生時代に好きだった女の子の
「清楚な雰囲気」
 通じるものがあるはずである。
 利恵に対しての一目惚れは、美麗が現れたことで、もし付き合うようになったとしても、消えるものではないだろう。それだけに二人の間でジレンマに悩むことになるかも知れない。
 だが、それは、今までの樋口にはなかった、
「贅沢な悩み」
 なのかも知れない。
 今まで女性経験が少なかったのは、女性の一面しか見ることができなかったからだと思っている。
 もったいないと感じた彼女に対して、告白することもできずに、結局そのまま卒業してしまったことも、心の奥の方で燻っていた感情なのかも知れない。
 美麗は、樋口に対して積極的だった。それは、今まで樋口が知っている女性の誰よりもである。
 一人寂しい時は風俗にも通った。
 風俗を悪いことだとは、最初から思っていない。犯罪に走るくらいなら、風俗に行くことのどこが悪いというのだ。自分で稼いだお金を使うのだ。誰に文句を言わせるものかと思っていたが、他の先生のほとんどは、
「生徒に示しがつかない」
「聖職者なのに、どうしてそんなところにいく」
 と、言うことだろう。
 だが、心の中では、本当は自分も行けるものなら行きたいと思っている人もいるはずだ。全員がそうだとは言わないが、聖職者という言葉の呪縛に縛られて、自分を見ないようにしている。
「そんな人生の何が楽しいというのだろう」
作品名:幻影少年 作家名:森本晃次