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幻影少年

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 女性不信に陥るかも知れないし、恋愛ができない心境になるかも知れない。
 樋口は絶えず最悪なことを考えることが多い。特に危険を孕んでいるようなものに対しては、そう考えることが多い。
「このままでいいのだろうか?」
 と思い始めた時、最初から自分が冷静で、最悪な事態を考えているのであれば、何とか立ち直ることもできるであろう。一歩間違えば奈落の底で悩んでしまい、なかなか抜けられない人生を歩むかも知れないという未来が見えているのも、困ったものである。
 美麗にも、同じものが見えているのかも知れないと思う樋口だった。確かに美麗にも見えているとしても、正反対の立場から見るものなので、見え方もまったく違う。それだけ対処方法も付き合い方もおのずと変わってくるだろう。それを思うと樋口は、一歩下がった方がいいのか考えあぐねていた。
 美麗がもし、男女共学の学校に通っていたら、どうなっていただろう?
 クラスメイトの男の子に恋をするような普通の女の子だっただろうか。自分では、そうは思わない。なぜかということを考えると、それが年上の男性に憧れている自分がいるからだということを、最近感じるようになってきた。
 子供の頃から、父親にあまりいいイメージを持っていない。
 父親は厳格な性格ではあるが、そのくせ、女性に対してルーズなところがあった。確かに他の中年男性のように頭が薄かったり、チビというイメージではなく、大人の女性にも、年上に憧れている女性にもモテそうな雰囲気がある。
 だからと言って、不倫が許されるわけではない。何度か不倫を繰り返し、その都度、母親を泣かせてきた。しかも、いつも平謝りをしていて、みっともないったらありゃしない。
 そんな姿を何度も見せられては、父親はおろか、中年男性に対して、相当な幻滅を感じていた。それなのに、どうして年上に憧れるようになったかというと、美麗の中にある父親像と実際の父親のイメージがあまりにも違いすぎているからだろう。
 美麗は、父親に幻滅し、見えなくなった顔のシルエットを埋めてくれる男性を捜し求めていた。それが、年上に憧れる一番の原因なのだ。
 美麗が女子高に通ったのも、短大を目指したのも、同年代の男性が嫌だというイメージもあるが、同年代の男性を見ないことで、年上の男性をしっかりと見ることができるという思いを強く抱いたからなのだ。
 樋口が美麗にとって、本当に理想の年上の男性なのか分からない。それは付き合ってみないと分からないという感覚もあるからで、それだけではないのだろうが、美麗には樋口が一番理想に近い男性に見えたのだ。
 もし、他に理想の男性が現れたら、簡単に乗り換えることをするだろうか?
 その思いはあった。だが、今は乗り換えられるかも知れないと思う。ただ、美麗はどちらかというと、情にもろい方である。本当に好きになってしまう可能性も強く、そうなれば、きっと他の男性が目に入らなくなるだろう。
「一人の人を想うと一途なのが、美麗のいいところね」
 と、クラスメイトから言われたことがあったが、まさにその通りだろう。
「私も自分でそう思うわ」
 と言ってお互いに笑ったが、本当に好きな男性が樋口なのか、まだこの段階では分からなかった。
 樋口は、美麗の気持ちを受け入れることを、心のどこかで、警戒していたのだが、状況から考えると、一番いい選択ではないかと思った。
 このまま受け入れないでいると、学校に行くのが辛くなる。美麗を受け入れることで、教え子に手を出さないですむという感覚に安心感を覚えるからだ。
 しかも、相手が自分を好きになってくれたのだ。
 今までの樋口であれば、有頂天になっても当然だと思えるだろう。生徒からもし好かれたとしても、受け入れるわけには行かなかった。以前にも好きになられたことがあったが、その気持ちを断ち切るのに、今から思い出しても、結構大変だったと思える。
 樋口のような先生は、生徒受けがいいのかも知れない。
 父兄にも人気があり、あまり悪い印象を与えることはない。見た目が、「人畜無害」に見えるからなのか、それだけ好青年というイメージを与えているのだろう。
 樋口は、確かに好青年だった。先生になった頃には、希望に溢れていた。ただ、冷静なところは持ちあわせていて、それが父兄に人気のあるところだった。
 先生の評判というのは、歴代で受け継がれているもので、最初についた印象が、伝統的に学校の中で自然と位置づけられていくもので、それだけ第一印象は大切なのかも知れない。
「娘は、樋口先生のクラスに」
 という父兄もいるようで、考えてみれば、医者といい、先生と名の付く者は、最初の印象と、受け継がれてきた印象によって、決まってくるものではないだろうか。
 美麗が、なぜ樋口に憧れたのかといえば、それは他の女の子と同じだろう。最初に先生に憧れるというのは、珍しいことでも何でもない。むしろ、一番身近で、他人の男性。それが先生である。
 樋口のクラスには、樋口に憧れている女の子も他にはいただろう。だが、それを表に出さなかったのは、年上への憧れが、そのまま恋愛感情に結びつかず、同年代に走ったことが一番の原因だったに違いない。憧れが、そのまま自分の好きな男性に結びつく可能性というのは、どれほどのものだというのだろう。
 同年代の男の子には、ほとんど興味がなかった。美麗にとって、同世代の男の子は、まだ子供にしか見えないのだ。自分の感情の落としどころが分からずに、結局男性のいいところを見つけることがなかなかできない自分に、少し苛立ちを覚えていた美麗だったのだ。
「私、先生のような年上の人、大好きなんです」
 この言葉が、先生のような男性の胸に響くということは、美麗には分かっていた。
「そうなのか? それは本当に嬉しいな」
 一瞬だが、先生が興奮しているのが分かった。すぐに冷静さを取り戻し、取り繕っていたが、
「しまった」
 という思いが見え隠れしたのを感じ、美麗は樋口に対して、
「可愛い」
 という感情を持ったのだった。
 しかし、それが樋口の計算ずくでの行動だということに、もちろん、美麗は気が付いていなかった。それは美麗に限ったことではなく、誰にも分からないだろう。実際に樋口にも分かっていないのかも知れない、本人の無意識の行動ではないだろうか。
 樋口は、美麗を思い切り抱きしめながら、教え子のことが頭に浮かんでくるのを感じていた。
――なぜなんだ? 忘れたいと思っているのに、逆に思い浮かぶなんて――
 それが男の性であることに、その時はまだ気付かない樋口だった。
 身体が感じている気持ちよさを、頭の中では、本当に感じたい教え子が浮かんでくるのである。
 教え子の名前は、水沼利恵と言った。
 利恵は、樋口の前でも、それ以外の人の前でも、決して態度を変えることはない。態度を変えないところは、無表情の人に多いと思われがちだが、利恵の場合は、いつも笑顔であった。
 そんな利恵を思い出しながら、思わず、利恵の名前を叫んでしまわないかという気持ちがあり、気持ちいいなからも、理性を失わないように心掛けていた。
作品名:幻影少年 作家名:森本晃次