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幻影少年

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「ありがとうございます。綾香先生だけが、僕の味方ですね」
 と、意味不明なことを言ったので、
「どういうこと? 敵も味方もないわよ」
 というと、
「だって、僕は綾香先生の夢の中に入ったから、あの日、家に帰れなかったんですよ」
 また不可解な話である。
「どういうことなの? それじゃあ、この間の事件の原因は、私にも責任の一旦があると言いたいの?」
「責任ということを言っているんじゃないんですよ。僕は、綾香先生の夢を覗き見たことが嬉しくて、いろいろ言われても、今はあまり気にしなくなりましたよ」
「私の夢を見たと言うのは、それこそ君の錯覚じゃないの? 人の夢に入ったなんて、本気で思っているの?」
 いつになく、綾香は挑戦的だった。何をふざけたことを言っているのか、あまりにもバカげていることをいうので、綾香は呆れ半分、苛立ちがこみ上げてきた。それは、こんな茶番な話に付き合わなければならない自分に対しての情けなさから来たことだった。
 いつもなら、大人げないということで、もう少し苛立ちを抑えられるのだろうが、この日の綾香は違った。
 バカバカしいと思いながらも、完全に否定することができなかったのだ。話を聞いていて、自分にも思い当たるところがある。バカバカしさで苛立っているのではなく、彼の話を全面的に否定できれば問題ないのだが、否定できる術を持ち合わせていない。綾香はそんな自分を情けなく思うのだった。
 その日、美麗と別れて、綾香の頭は少し混乱していた。美麗の話だけが苛立ちのせいではない。美麗の話を聞いた後、帰りがけに、綾香の言っていた死に対する気持ちをいろいろ考えていた。
――考えなくてもいいことを――
 と思いながら、帰りがけに頭の中で、美麗のことを考えていた。
 すると、美麗が考えていることが、漠然としてだが、分かってきたような気がした。
 綾香が考えている中に、綾香が登場してきた。考えている中に他人が登場するなど、普通であれば考えられない。もし考えられるとすれば、それは夢以外の何者でもないであろう。
――私が美麗の夢の中に入ったのか、私の夢の中に、美麗が入ってきたのか――
 起きていたはずの世界が、急に開けて、そこに美麗が登場した。自分が美麗の夢の中に入ったと思うのが、自然ではないだろうか。
 美麗の夢の中は、確かに綾香の夢の中とは違っているように思えた。
 美麗の夢の中には何もない。あるのは、深緑の広がる、森のようなところだった。
 迷ってしまいそうなところで、すぐ横を見ると、そこには、大きな池が広がっていた。湖と言ってもいいかも知れない。風が通り抜ける音と、軽く打ち付ける水の音、そのどちらも綾香には新鮮な音だった。
「喉が渇いたわ」
 と、思ったのは、水が打ち付ける音を聞いたから。そして、
「流しそうめんが食べたい」
 と、思ったのは、風が通り抜ける音に涼しさを感じたからだ。
 綾香の発想は、食べ物、飲み物に限定されていた。
 綾香が中学生の時、少し思い病気にかかり、食事がほとんど食べれなくなったことがあった。本当は食べたいのだが、食べるのはきつい。
「食べても、きっとすぐに吐き出してしまう」
 という妄想に駆られていて、
「吐き出すくらいなら、お腹なんか減らない方がいい」
 と、思うようになってから、本当に食欲が激減してしまったのだ。
 それなのに、夢の中では、いつも何かを食べている。それはお菓子や軽食に限られるのだが、夢の中であっても、食べられるものが限定されていると思うと、やはり、精神と肉体の関係は、バランスが取れていないといけないということだろう。
 夢の中で不安定であれば、現実でも不安定。夢が現実社会でのバロメーターになっていると言えなくもないかも知れない。
 今では、食事も普通に摂れるようになったが、夢の中では相変わらず、食事がいけないというイメージを持ったままの自分がいる。
 他人の夢の中にいると、普段の自分の夢が思い出せない。しかし、身体だけは覚えているのだ。いくら環境が変わっても、精神的なトラウマと、肉体的なトラウマを排斥できるわけではなかったのだ。
 以前、行方不明になった生徒は、綾香の夢の中に入ったから、帰れなかったと言ったが、本当に自分の夢だったのだろうか?
 あの時の自分は人の夢の中に入っていて、自分の夢を形成できる環境にはなかったはずだ。絶対に彼の思い込みのはずである。
 だが、思い込みだけで、わざわざ聞きにくるだろうか?
「君は私の夢の中に入ったと言ってるけど、そこに私はいたの?」
「いいえ、綾香先生はいませんでした。僕も拍子抜けして、そのまま目を覚まそうかと思ったくらいです。でも、よく見渡してみると、綾香先生が、さっきまでいたというのが分かってくるんですよ」
「じゃあ、私はいないと思ったら、すぐに出て行ったかも知れないわね」
「そうですね。他にも入ってみたい人の夢もありますからね」
 この男は、自分が入れる夢を、コントロールできるというのだろうか。
 彼が入った夢が本当に綾香の夢だったか、本人がそういうだけで、確証はない。綾香は偶然をあまり信じる方ではないので、正直、彼の話を信用していない。だが、彼が今目の前にいるのは事実であり、話をした内容も頭の中から消えるわけではなかった。
 気が付くと、降りる駅に到着していた。タイミングを間違えると、そのまま乗り過ごしてしまいそうになるのを、寸止めで思いとどまった感じである。
 そういえば、顔や目に危険が迫っている場合、必ず回避できているのは不思議だった。
 たとえば、調理をしている時、油が跳ねて、顔の近くに飛んできた時、偶然瞬きをして助かったと思うことがあった。その時は、偶然を信じたが、信じられる偶然は、身に危険が迫った時に、回避できた時だろう。
 電車から降りながら、夢について考えてみた。
「夢というのは、目が覚める寸前の数秒間で見るものらしい」
 という話を聞いたことがある。
 目が覚める過程は、あまり気持ちのいいものではないが、それは夢の世界と、現実を隔てるトンネルを抜けるための試練のようなものであり、次元の違いを感じさせないために、意識を朦朧とさせているのかも知れない。
 一旦夢の世界に入ってしまうと、意志の働く幅が狭められているように思う。狭まった世界では、意志の力は強いもので、自分の夢なのだから、どうにでも展開できるものだと思っていた。
 だが、実際には、意志の強さは中途半端にしか作用しない。潜在意識の中でしか夢は成り立たないと思っているからだ。
「人間は、自力で空を飛ぶことはできない」
 という意識を持っていれば、いくら夢の中だとはいえ、宙に浮くことはできたとしても、空を飛ぶことはできないのだ。
 綾香の夢に出てきた行方不明になった少年、普通であれば夢から覚めてくるにしたがって忘れていくもののはずなのに、忘れるどころか、次第に現実味を帯びて綾香の意識に残っていた、
「どこかで会ったことがあるのかしら?」
 と思うと、今度は、
「いや、ずっとそばにいたような気がする」
 と、思った時、綾香のそばにいて離れることもなく、綾香はそれを幸せだと思っている相手、彼が頭に浮かんできた。
作品名:幻影少年 作家名:森本晃次