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幻影少年

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 世間一般に言う寂しさとは、孤独を伴うものだからである。
 孤独な時に限って、寄ってくる人もいる。例えば、加藤などがそうだろう。人と関わりたくないと思っている時に、わざわざ僕を誘うこともないのにと思ってみたが、加藤は、そんなことはまったく分かっていないに違いない。
 加藤が、また性懲りもなく誘ってきた。
「また、今晩、どうですか?」
「いいですよ」
 二つ返事で答えた。今日はなぜか一人ではいたくない日であった。
――しかもどうして、加藤なんだ?
 他の人だったら、断っていたことだろう。加藤は他の人と変わらずに、愚痴も言えば、人の悪口もいう。ただ、加藤の言葉はまるで自分の代弁のように聞こえるのだ。
――気が合うということか?
 そんなはずはない。むしろ性格的には正反対で、考え方も似ているところもあるが、基本的には、途中に大きな結界のようなものがある。加藤にはそれが見えているのか、樋口は見えているわけではないが、存在は感じていた。
――この男、話をしてみないと分からないことが多すぎる――
 話をしたからと言って、性格まで分かってくるわけではないが、共通点の多さは自分でも認めているので、加藤と一緒にいる時間を、少しずつでも増やすのもいいかも知れないと思うのだった。
――それにしても、どうしてこの男なんだ?
 加藤が寄ってくるようになって、避けることができなくなった。別に嫌われても問題ないと思っているのに、不思議な感覚だ。
――加藤は、僕も知らない僕に関わる秘密を知っているのかも知れない。ただ、寄ってくるのとは、理由が別だろう――
 と、感じていた。
 加藤に誘われて呑みに行くのは、これで四度目だった。だいぶ慣れてきて、愚痴を零されても、さほど嫌な気分はしなかった。内容もさることながら、自分にだけ零しているのだと思うと、嫌な気分にはなれないものだ。
 ただ、その日の加藤は、愚痴を零しているのではなかった。真剣な表情になったかと思うと、いつになく神妙になり、
「俺が前の学校を辞めなければいけなくなった理由、知ってるだろう?」
「ええ」
「その時に行方不明になった少年なんだが。彼はどうやら、俺に恨みを持っていたんじゃないかって思うんだ」
「それじゃあ、仕返しのつもりか何かだというのかい?」
「そうは思いたくないんだが、そう思えて仕方がないんだ。ただ、俺には恨まれる理由がハッキリとはしないんだけどな」
 樋口も、以前家庭教師をしていた時、少年が美麗と思われる女性を助けたのを偶然見てしまった時、その少年が、こちらに気づいていたように思えてならなかった。
 あの少年とは、その時に感じた視線が、家庭教師を辞めるまでに何度となく、身体に突き刺さってくるような感覚だったが、辞めてから、一度も会ったことはなかった。だが、たまに、あの時に感じた、突き刺さるような視線を感じることがあったが、その時に、少年に感じた視線だということまで、気づいたわけではなかった。
 彼が女の子を助けたのは、計算ずくのことだったのかも知れない。助けた後、彼が美麗に対してどのような態度を取ったかまではハッキリとは知らない。ただ、あの時は、助けたい一心だったのかも知れない。あの場面でストーカーのような男を見つけるのは、偶然以外の何者でもないからだ。
 加藤に対して恨みを持ったとしても、まだ子供である。何ができるというわけでもないので、できる範囲のことを考えると、出てきた答えが、
「行方不明になる」
 ということであろうか。
 だが、相手が窮地に追い込まれるほど、長い間行方不明になるということは、かなりのものである。時間に関係なく、行方不明になった時点で、すでに責任者失格の烙印が押されることになるのだろうが、いつの時点で、行方不明と認定されるかまで、子供では分かるはずもない。
 ということは、相当長い間、行方不明になっていないと難しい。その間、少年はどこにいたのだろう。
 仲間と呼べるような友達がいて、彼にかくまってもらっていたのか。友達であれば、彼も子供だ。子供同士で、そんな大それたことができるものだろうか。仲間の親が出てきて、
「一体、何をやってるの」
 と、言われてそれでおしまいだろう。
 ただ、その友達も孤独な環境にいて、親の目が届いていないのだとすれば、可能かも知れない。
 先生に仕返しというのが、おだやかではない。高校生くらいであれば、クラスメイトの女の子への思いが高じて、先生への逆恨みであれば、余計に激しいかも知れない。なぜなら、聖職者という立場でもあるので、
「聖職者でありながら、生徒に手を出すなんて」
 と思われてしまうからだ。
 それを思うと、今の樋口の気持ちと同じだった。
 また、その思いを抱いているのが、美麗ではないだろうか。卒業を迎えてから、思いを打ち明けにやってきた美麗、彼女は、先生に対して気を遣ったのか、それとも、自分がまだ十八歳未満であることを単純に考えただけなのかは分からない。ただ、彼女の判断は賢明で、「大人の決断」だったに違いない。
 樋口は、自分も誰かに恨まれているのではないかと思う。
 中には、仕返しを目論んでいる連中もいるかも知れない。すでに仕返し作戦が進行中で、知らないのは、当事者の中で、本人だけだというしゃれにもならないことになっているのかも知れない。
 恨まれているとすれば、家庭教師をしていた時の少年、彼には、何も悪いことはしていないはずなのに、彼が樋口を見る目は尋常ではなかった。
 親の命令で家庭教師をつけられ、本人としては、屈辱に燃えていたのかも知れない。樋口にも思うところはあるが、自分からしようとしていることを、人から注意を受けると、これほど屈辱的なことはない。
「今、やろうとしていたんだ」
 本当のことを主張しても、これほど言い訳になるようなことはない。自分でも言い訳にしか聞こえないところが情けないと思うのだ。
 歯を食いしばって耐える気持ちは、十二分に分かる。人から命令されるというのは、そういうことなのだ。
 樋口は、なるべく人から言われる前に、自分からしようと努力した。しかし、樋口のまわりには短気な人が多いと言うか、いつも先を越されてしまった気分にさせられる。そのうちに、
「バカバカしいや」
 と思い、人から言われる前にしようという気が失せていた。
 家庭教師に行くようになったのが、ちょうどその頃で、何をやってもバカバカしいと思うことで、生徒にも同じように接していたかも知れない。
「こいつ、何を考えているんだ」
 と、子供から思われていても仕方がない、だからといって、仕返しされるほどではない。ただ、少年は何かをした。そのせいで、樋口に災いが起こったことも意識できる。
――では、何を一体されたというのだ?
 される方には意識がなく。する方だけが意識するというのも、仕返しにはもってこいなのかも知れない。
「知らぬが仏」
 はここでは通用しない。逆に知らないことが、災いして、知らなければいけないことを知る機会を失った。
 名言、格言の類には裏の言葉があり、正反対の意味が、往々にして、大きな影響を与えられてしまう。
作品名:幻影少年 作家名:森本晃次