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幻影少年

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 というのは、まさしくそのことで、羨ましいと思う反面、
「自分には、到底できることではない」
 という思いが強かった。
 校長先生は、人を見る目のある人だ。人を見る目のある人というのは、会った瞬間にすぐにそう感じるものだ。校長先生と最初に対面した時、
「なんて、堂々としているんだ」
 と、感じたものだ。
 身体があまり大きくなく、人のいい初老の男性というイメージの人が、大きく見えたのだ。
 ここまで堂々として見える人を、樋口は知らない。この学校に赴任したできたことが、本当によかったと感じたのは、校長先生を見た時だった。校長先生から、話があると言われた時、理由らしいものはないので、解雇はありえないと思ったが、他の学校に転任などということになったら、今まで抑えてきたものを、抑えることができるかが、不安だったのだ。
「校長先生の期待を裏切ることはできない」
 という思いがあったから、生徒に手を出すことがなかったのだ。
 魔が差すという言葉があるが、そう思ったことは幾度かあった。それでも思いとどまったのは、校長先生の気持ちに答えるため、ほとんどが、その気持ちに支配されていたのだった。
 ただ、学校を離れると、考えも違ってくる。美麗のように卒業した元教え子であれば、男女の関係になったとしても、それは自由恋愛の範疇だ。学校に迷惑を掛けることもない。個人の問題に属することであろう。
 加藤は、生徒からは基本的に嫌われていた。ただ、中には興味を持っている生徒もいるようで、利恵もその一人なのだが、恋愛感情がそこに存在するなど、考えたくはない。
「思春期にありがちの、恋愛感情の思い込みではないだろうか」
 樋口には、加藤に興味を持っている女の子がいるのは分かっていたが、利恵もその一人だとは思わなかった。樋口が思っているよりも、加藤に興味を持っている女性とは、かなりいるようだ。
 自分が考えているよりもたくさんいるのだから、それぞれに考えも違うだろう。その中には、本当に恋愛感情を抱いている人もいないとは限らない。その中に利恵がいるなど考えたくもなかったが、問題は、加藤がどう考えているかである。
 利恵は、一目惚れしたことのない樋口に、一目惚れをさせる魅力を持った女の子だ。他の男性が利恵に同じ感情を抱かないとは限らないが、今のところ、利恵に対して樋口の知っている男性が特別な意識を持っているようには思えなかった。
 うまく感情を隠しているのかも知れないが、同じ思いを持った男性であれば、気持ちは分かるかも知れないと感じた。だが、裏を返せば、自分に対しても同じことが言え、いくら隠しても、同じ感情を持っている人には丸分かりになるということを意味しているのは皮肉なことだった。
 だが、それも同じ思いを抱いた人に見抜かれるのであるのが救いである。同じ感情を抱いていない人から見れば、悪いイメージしか抱かれず、何を言っても、聞き入れられることではないであろう。
 校長先生の話を聞いて、少しだけ加藤に対してのイメージが変わったが、それでも、豪傑なイメージに、気を遣わない人間性を好きになることはない。
 同情を抱くことはないが、他人事ではないというイメージから見るようになると、見る角度が変わってきたからだ。角度が変わっても態度が変わることはない。要するに、イメージが変わったからといって、こちらの態度が変わるわけではない。イメージは心の奥に黙って押し込むくらいのつもりであった。校長先生も、必要以上に樋口に対して、加藤のイメージを変えてしまうことを望んでいるわけではないようだ。
 同情というのは、同じ立場で抱くものではない。相手が自分よりも低いところにいる人に対して抱くものだ。
 校長先生との話では、あくまでも、同等な立場でしか話をしていないように思う。本当はいけないのだろうが、一緒にいるとどうしても、同等に感じられる。校長先生が同等の立場での話を望むように雰囲気を作り上げているようだ。それは樋口に対しても、他の人との会話では同じような雰囲気を作ることができるということを分かってのことなのかも知れない。
 加藤に対しては同情ではなく、あくまでも、他人事ではないという思いからだと思うと、今度は自分が、冷めた人間に見えてくるから、皮肉なことだった。
 同情を抱くと、相手との立場が微妙に変わってくる。自分に対して感じてはいけない嫌悪を感じてしまうこともあり、相手との関係を見誤ってしまう。加藤に抱くのは同情などではないと思うのだが、そうではないとハッキリ言いきれるかどうか、疑問だった。
 利恵の気持ちを、加藤が知っているかどうかが問題だったが、最初に利恵の気持ちに気が付いたのは、やはりというべきか、一目惚れをしてしまった樋口だった。ひょっとすると、他にも利恵に一目惚れをした人がいるのではないかと思ったが、まわりを見渡したところでは見当たらない。まず最初に気付いてしまった相手が加藤だったのだ。
 加藤は、利恵のことを、あまり気にしていないようだった。ただ、明らかに利恵に対して、今までとは態度が違っている。相手が自分をどんな目で見ているかを分からないままに、相手の視線を感じると、さすがにどうリアクションしていいのか分からないのだろう。
 利恵が、加藤を見る目は、最初、好奇の目だと思っていた。
 もちろん、最初は好奇の目だったのだろうが、次第に惹かれていく眼差しに変わっていくのを、じっと見ていなければいけないのは、耐えられることではなかった。
 実は最近、利恵の表情に、少し変化が見られるのを、樋口は見逃さなかった。その視線の先が、ずっと誰だか分からなかったが、それは、予感があった中で、一番そうであってほしくない相手であったことで、事実から目を逸らそうとする意識の表れだったのかも知れない。
 校長先生は、生徒が行方不明になった時、加藤がどのような態度を取ったのか、あるいは、動揺がどの程度のものだったのかなどという情報を、一切与えてくれなかった。ひょっとすると、校長先生も知らないのかも知れない。
 前の学校では厄介払いをしたのだから、受け入れてくれたところに、心象が悪くなるようなことは言わないだろう。逆に心象がよくなるようなことであれば、進んで話すはずだ。それがないということは、それだけ、心象が悪くなるようなことをしてきたのだろう。
 それなのに、利恵の視線の好奇の目で見ているということは、
「怖いもの見たさ」
 に近いものなのかも知れない。
 加藤が、以前話したことがあったが、
「女性と目を合わせると、俺は悪いことをしているんじゃないかって、思ってしまうことがあるんだ」
 と言っていたが、その時の加藤の目は、何かに怯えているようだった。
 初めて見る何かに怯えた目をした加藤だった。
――この男は、誰にも見せたことのない目を、俺だけに見せたんだ――
 と、思った。
 だが、果たしてそうなのか。他の人にも同じような目をしていても、相手に対して、
「自分だけに見せた顔だ」
 という印象を与えることのできる男なのかも知れない。
作品名:幻影少年 作家名:森本晃次