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幻影少年

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 今日寄った喫茶店は、表の明るさを遮断したかのような雰囲気に、夏は、涼しさを感じ、冬はきっと、木目調が、暖かさを感じさせるのではないかと思った。樋口は木目調を見て、家具調こたつを思い出したことで、暖かさを感じたのだと思う。
 喫茶店に寄る時は、いつも文庫本を片手に寄ることが多い。今日も家から持ってきた文庫本を広げて読んでいたが、最近は、ミステリーを読むことが多かった。ミステリーを読んでいると、時間が経つのを忘れる。サスペンスタッチのものが、今は一番読みやすかった。
 クラシックを聴きながら、スクランブルエッグを突く。そして、もう一方の手には、文庫本が握られているという光景は、まわりから見ると、どのように写るのだろうか?
 利恵を最初に意識したのは、学食の前にあるベンチに座って、一人で本を読んでいるのを見た時だった。入学式の次の日で、まだ、全員の顔を把握していなかったが、利恵の顔だけは意識していたこともあって、座って本を読んでいる彼女が自分の生徒であることはすぐに分かった。
 だが、なぜ一人でポツンと、ベンチに座って本を読んでいるのか分からなかったので、
「変わった娘だな」
 と思ったのだが、見ているうちに、無表情に思えた彼女の顔が微妙に変わっているのが分かった。本の内容に共鳴しているのではないかと思えたのだ。
 読んでいる本の内容までは分からなかったが、本人は自分の表情が変わっていくのを意識していないのだろう。見る人が見ないと、表情の微妙な変化に気付くことはないからだ。恋愛モノを読んでいるのではないかと思ったのは、樋口の贔屓目であろうか。
「彼女だったら、恋愛モノ」
 というイメージがあったが、思い込みというよりも贔屓目なのかも知れない。その時、樋口には、贔屓目で見ていることがハッキリと分かった。ただ、それが恋愛感情であるということまでは、気付いていなかったようだ。
 樋口は明るいイメージのある女の子だということを、最初に感じるべきなのに、清楚な雰囲気を最初に感じたことに、違和感がなかった。
「話をしてみたいな」
 先生と生徒という関係ではなく、例えば、今読んでいた本の話などの些細な会話をしてみたいと思ったのだ。先生と呼ばれるようになって、生徒に手を出すことはタブーだと思っていたが、その思いを覆す生徒が現れるとは、思ってもみなかった。
 高校生の時に、憧れていたお姉さんがいたが、彼女が、よく学校のベンチで、本を読んでいた。
――どうして、図書館に行かないんだろう?
 と思って、一度聞いてみたことがあったが、
「図書館のように静かすぎるところは、私は似合わないのよ。それに本を読むなら、まわりに動きがある方が、本をリアルに感じられていいのよ。本を読んでいると、本の世界に入り込んでしまうというべきかしらね」
 と答えてくれたが、なるほど、その通りかも知れない。
 本の世界に入り込むという気持ちは、樋口にも分からなくはない。静かすぎる場所では、勉強するにしても、却って集中できないことが多い。図書館で勉強するという話をよく聞くが、
「よくあの環境で勉強できるな」
 と感じるのだった。図書館という場所は、本を読む場所であって、勉強するところではないという思い込みがあったからなのかも知れないが、実際に本を読むのでさえ、集中できないのは、それだけ自分に集中力がないからだとしか思えなかった。
 確かに本を読むのに、静かすぎる場所では集中できない。静かすぎる場所というのは、言葉では言い表せないような、圧迫感があり、それが、
「静かな環境で、本を読むには最高なのだから、集中して読まなければいけない」
 という感覚が、プレッシャーになるのだった。
 図書館といい、美術館といい、静かな雰囲気を作り出すため、必要以上に空間を多く取っている。
 しかも、空間の空気は薄く、圧迫感が与えられる上に、読まなければいけないというプレッシャーが過呼吸状態を引き起こし、気分が悪くなることもあったりした。今でこそ、理屈が分かるが最初は分からない。
「よほど、僕は勉強や読書が嫌いなのか、それとも、図書館という環境に馴染まないのかのどちらかなんだ」
 と、感じるようになった。
 じゃあ、自分の家で読めばいいというわけでもない。自分の部屋だと、却って気が散ってしまう。テレビのスイッチを入れてみたり、眠くなってしまったりと、完全にリラックス環境だと思っているのだ。
 自分の部屋で読めないとなると、次に考えたのが喫茶店だった。
 今でもその思いが一番なのだが、たまに日に当たりながら、表で本を読んでみたいという衝動に駆られることがある。実際に表で本を読んでいる人の姿を見ていて感じることだった。
 本というのが、どれほどの気持ちに安らぎを与えるかというのは、読もうとしている環境にも大きく左右されるのではないだろうか。本を読んでいると落ち着いた気分になるのは分かっている。まるで高尚な趣味に勤しんでいる気分にさせられるからだ。
 利恵が本を読んでいる姿を見て、学生時代の女の子を思い出したのは、その女の子を好きになったのに、最後に告白できなかったことが、後悔として残っているからだ。
 もしダメで、玉砕する形になっても、それはそれでよかった。やるだけやったという思いは自分の中に満足感として残るからだ。何もしないのであれば、何も残らない。ただ好きだったというだけで、未練のようなものが燻っているのを、消すことができないからである。
 利恵を見た時、すぐに好きだという感情が湧いてきたのは、この時の後悔を繰り返したくないという思いが強かったからなのかも知れない。一目惚れなどなかったはずの自分が、まさか後悔を引きずったために、一目惚れという形になってしまうというのは、皮肉なものではないだろうか。
 樋口は、喫茶店でスクランブルエッグを食べながら、その時のことを思い出していた。さっきまで一緒にいた美麗のことよりも、やはり利恵の方が気になってしまうのかと思ったが、なぜ利恵に一目惚れをしたのかということを考えていると、もう一つの思いが巡ってくるのだった。
 その日、樋口が喫茶店に行って、朝食を食べながら、本を読もうと思ったのは、今までの樋口なら当然のことだった。落ち着いた気分になりたい時に取る行動については、あれこれ考えることもなく、すぐに思いつくものだった。
 普段なら当然の行動をするその先に、思い出すのが利恵の姿だというのは、それだけ二人の間に運命のようなものを感じてしまうのは、やはり贔屓目に見てしまっているからであろうか? 贔屓目というのは、相手に都合よくというよりも、自分に都合よくという考えの元に生まれたものだと言っても過言ではないだろう。
 その日、本を読んでいると、ふと気が付いたのが、正面の壁に掛かっている絵だった。
 森のようなところに囲まれた大きな池が、光りに包まれて、開けている光景が、目の前に飛び込んできた。木造のため、部屋の中が暗く感じられるのだが、それでも、そこだけ木漏れ日が見えるような気がして、じっと見てみたのだった。
 絵に見覚えがあった。そこで見たのか、ハッキリと覚えていないのだが、光りを感じた時に、見たことがあると感じたのだ。
作品名:幻影少年 作家名:森本晃次