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短編集33(過去作品)

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 男が行った喫茶店というのは夢でしか存在しないところなのだ。本がそのことを暗示している。
 女性は主人公の夢の中だけの登場人物ではない。実際にもいるのだが、出会うことはない。なぜなら二人は同じ夢を共有していて、夢の中だけで出会える仲でしかない。そのうちお互いのことが気になり始め、同じように夢の中だけでは満足できなくなる。
 お互いにお互いを探しながら喫茶店へと向う。しかし、出会えるはずの喫茶店はそこには存在せず、目の前にいるのだが、お互いにいつまでも捜し求める……。
 というストーリー展開だった。
――ここもそうなのだろうか――
 読み終えて震えが止まらない私は、ゆっくり顔を上げ、まわりを見渡していた。喫茶店に私の捜し求める女性がいるかも知れないと感じたからだ。
 するとどうだろう。一人の女性が本を読んでいる。窓際の私とは正反対の入り口に近いテーブルだった。
「真子?」
 思わず出てしまいそうな大声を抑えるのに必死だった。
――なぜ真子がここに――
 真子は時折頭を上げてあたりを見渡している。こちらをハッキリと見ているのだが、どうやら私の存在に気付いていないようだ。
――そんなバカな――
 しかも表情はいつもの私に純情な真子ではない。私の知らない真子である。あれが真子の本当の顔なのだろうか?
――催眠術に掛かった人とは、こんな顔をしているのかも知れない――
 と思えるような表情である。虚空を見つめる真子、その瞳に写っているはずの私が写っていないように見えるのは気のせいだろうか?
 いや、確かに瞳に私の姿は映っていない。いつも気にして見ているので、写っていないということをすぐに気付いた。
 人と話す時は相手の目を見て話しなさいというのが、親からの教えだった。それを忠実に守ってきた私は、瞳の奥を覗くのが癖のようになっていた。特に吸い込まれそうな綺麗な瞳をしている真子に対しては、最初から自然と目が行った。それをしばし目を離すことのできないほどに感じたのは、奥の深さからである。今から思えば妖艶な雰囲気が、そう感じさせたのだろう。
 今の真子に妖艶さは感じられない。どちらかというと、清純さだけが目立ち、奥深さを感じることができない。
 そういえば今までにも自分の夢に真子が出てきたことがあったが、いつもの真子ではなかったような気がする。目が座っている時もあれば、妖艶さに終始睨み付けられるような時もあった。
 しかし、そのどれもが本当の真子だと思えてならないのは、夢の魔力なのだろうか。夢が見せるものは潜在意識の成せる業だと思っていたが、真子に対する夢でのイメージもすべて私の潜在意識の範囲内なのだろう。
「坂田さん、あなたと私は夢を共有できないのかも知れないわね」
 夢の中で私への呼び方は名字である。すると、これは夢の中での話なのだ。実にリアルな夢である。普段は名前で呼ぶ真子は、やはり夢の世界では別人なのだろうか?
 場所は駅のロータリーが一望できる喫茶店、まさに私が今いる喫茶店ではないか。夢でここに来ることを先に見ていたということか。
「夢を共有なんて、他の人とでもできるものじゃないだろう?」
「いいえ、本当に心が通じ合う相手なら夢を共有しあえるの。それがまだ見ぬ人であったとしても、共有しているのね。だから、初対面でも、どこかで会ったことがあるって思える人があなたにもいるでしょう?」
 言われてみれば確かにそうだ。初めて会うにも関わらず、以前に会ったことがあると思えたり、初めて見る光景でも、
――以前どこかで見たような――
 と思えたりするものだ。
「何が言いたいんだい?」
 今まで見た夢を後になって思い出すこともあったが、これほどハッキリと思い出すこともなかった。
「副作用なのよ。しかもあなたは、夢で見たことが現実になる『予知夢』を見ることができる……」
「副作用?」
「ええ、あなたは人と夢を共有できる人。夢を共有できる人で、しかも『予知夢』をみることができる人っていうのは限られた一握りの人たちなのよ。私もその一人なんだけど、その人たちは夢を共有できるという特殊能力を持っているかわりに、それぞれに副作用を持っているの」
「じゃあ、僕にも君にもその副作用があると?」
「ええ、そうなの。あなたは、懐疑心が強いわりに、人に従順でしょう? 信じた人は最後まで信じ通す信念がある。とても素晴らしいことだと思うの。でも、それがあなたにとってはあだになる時があるの。裏切られても最後までそのことが分からない。だから、私とあなたは夢を共有できないのよ」
「それじゃあ、本で読んだことが、前にも読んだように思えるのは、『予知夢』を見ていたからだというのかい?」
「そういうことなの。私はあなたの前では他の人に見せない自分を見せることができる。それが嬉しいの。でも、それはあなたを裏切っていることなの、夢の世界でしか見せることのない自分をあなたに見せている。あなたは現実の世界だと思っているかも知れないけど、夢の世界では偽りも真実。でも私はあなたと夢を共有できない。それが分かっている私は苦しいの。これが私の副作用……」
 そう言って、真子は頭を下げた。
 私が考えていると、目の前の女性が頭を上げた。そこには、いつか夢で見たアイドルのような女性がいるではないか。
 彼女は私を見つめる。
「初めまして、遠野真子といいます。よろしくね」
 彼女の瞳には、確実に私が写っていた……。

                (  完  )

作品名:短編集33(過去作品) 作家名:森本晃次