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短編集33(過去作品)

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 と感じているからで、「食わず嫌い」なところがあったからに違いない。静かな雰囲気を嫌いではないのだが、本の匂いが何とも言えず、読む気もないのに本屋にいることが嫌だったのだ。
 しかし、今は本が読みたくて仕方がない。きっと読んでみたい本があるからだろう。漠然と探すのと、実際に探し物があって探すのとでは、同じ本の背を眺めているにしても、時間の感じ方がかなり違ってくる。探している本がどういう題名で、作者が誰なのか分からないが、題名から感じ取る雰囲気から、本の後ろについているあらすじから、きっと読みたい本を見つけることができると信じて疑わない。
 何を根拠にそう感じるのか自分でも分からない。実際、本屋に近づくこともなかった私が本屋の雰囲気を感じるまでには、少し時間を感じるはずだ。
 私の家の近くには、ドライブインを兼ねたような本屋がある。しかし、私はあえて都会の本屋を選んだ。ドライブインのような本屋でも本の数は結構あるような気がするが、何よりも感じたいのは「本の匂い」である。到底ドライブインのような本屋で感じられるものではない気がしていた。
 会社の近くの駅前に大きな本屋がある。たくさんのテナントが入ったファッションビルの一フロアーをぶち抜いて作っているだけに、かなり大きなものである。学生時代に友達と遊びに行ったついでに、よく本屋に付き合わされた。その時はほとんど雑誌や漫画のコーナーばかりで、文庫や専門書などのコーナーに立ち寄ることはなかった。だが、それでも本の匂いだけは感じていて、耳鳴りがするほどの静寂にしばし酔っていたような気がする。
 しかし、実際に立ち入ることがなかったため、それ以上の雰囲気を味わうことはなかった。昨日本を読むことで、読みながら本の匂いと、その時の静寂を思い出して、懐かしく感じていたことだろう。それがそのまま睡魔となって現われ、気がついたら眠っていたのだ。
 夜ともなると、さすがにサラリーマンが多い本屋。私もその一人なのだが、気持ちは学生時代のままである。本屋の中での時間は止まっていて、今から私の時計がまわり始めるのだ。
――ああ、この匂いだ――
 匂いを思い出すことで、私は学生時代に戻った。そして今から一気に時間を飛び越え、今に至るに違いない。
 色とりどりの本の背を眺めていると、指でその背をなぞって見たくなるのは、本能からだろうか?
 よく見ると隣のサラリーマンも同じことをしている。私も気がつけばしていたが、やめるつもりはない。他人のを見ているとあまり格好よくないのだが、自分が無意識にする分にはそうでもないのだ。何ともわがままな性格である。
『夢で出会える場所』
 というタイトルに指が止まった。
 本の上の部分を手前に引くようにして、棚から取り出し、手に取ってみる。
 最初にサラサラとページを捲り、一気に読んでしまったような気になるくせがあるなんて、その時初めて気付いた。目の前に漂う本の匂いを感じたかったからかも知れない。
 匂いを感じると、本の裏を見て、あらすじを確認していた。
――初めて読むという気がしないのは、なぜなんだろう――
 そういえば昨日読んだ本も、初めて読んだはずだったのに、
――以前、読んだような気がする――
 と感じたではないか。
 いや、以前読んだというよりも、体験したことだったのかも知れない。
 私は今までにもそういうことを感じたことがあった。
――以前どこかで見たような気がする――
 であるとか、
――以前にも会ったことがある人――
 といった具合なのだが、まるでその時だけ自分に予知能力のようなものがあるのではないかと感じていたのだ。もちろん錯覚なのだろうが、その一瞬だけ感じる思いは、後から思い出しても、その気持ちだけは生々しさがある。ただ、なかなか思い出す機会がないので、ほとんど意識の外にあるのだが……。
 本屋でその本を手にした時、鮮明にその時の気持ちを思い出した。
 本を買って駅へと向った。いつもは手ぶらなのに本を持っているというだけで普段と違った気持ちになれる。気持ちに余裕があるというのだろうか。せかせかと歩かないと気がすまない私が、あたりを見渡すようにしながら歩いているのだ。
 人と同じスピードで歩くことで、まるで人に呑まれているように感じるのが嫌だった。別に急いでいるわけでなくとも、人を追い抜いていくことがいつしか快感に変わっていたりした。きっと、人とは違うんだと感じていないと気がすまないからで、変わり者だと思いながらも、どうしようもなかった。電車から降りる時でも我先にと降りている。ダラダラと道を塞いで歩いているような連中と一緒だと思いたくない。
 しかし、今日は少し違っている。普段が小さな人間だと思っているわけではないが、気持ちに余裕があるのもたまにはいいことだと思える。普段気がつかない何気ない発見ができるような気がして、私の心は高鳴った。
 薄暗さに、いよいよ漆黒の闇が訪れようとするのを阻むように、ネオンサインが煌びやかである。いつも見ているはずのネオンサイン、気持ちに余裕があるだけで、まったく知らない世界に見えるようで、ただただ見つめていた。
 いつもであれば、駅を目指すだけで他に何もない道、イライラしていても少しウキウキしていても、駅までの距離に違いは感じない。しかし、あたりをゆっくり見ながら歩いていると、
――気がつけば駅に着いていた――
 ということになるのではなかろうか。
 なるほど駅前まで気がつけば着いていた。時計を見ると十分しか経っていない。まるでここまで三十分くらいは掛かったのではないだろうかと感じていたのに十分である。確かに気付いた時には駅に着いていたという感覚はまんざら嘘でもない。
 駅のロータリーから、今度は止まってあたりを見渡した。
――このまま帰ってしまうのは惜しいな。どこか静かな喫茶店でも行って、さっそく本を開いてみたい――
 という衝動に駆られていた。
 ちょうど見渡していると、あったあった。ロータリーを一望できそうな喫茶店で、ビルの二階に上がっていくような作りのところだ。
 入り口を探しさっそく二階へと上がっていく。中を覗くと人は疎らで、迷うことなく窓際のテーブルへと歩み出た私は、一番端の席に座った。
「いらっしゃいませ」
 ウエイトレスが注文を聞きに来たので、
「コーヒー」
 と答える。
 この何気ない会話、つい最近味わったような気がするのは気のせいだろうか?
 さっそく本を開き、読み始めた。
 内容は短編集になっていて、十作品ある中で、表題作の『夢で出会える場所』はトップにあった。三十ページほどの内容なので、すぐに読める。
 その予想は当たっていて、ストーリーは喫茶店内で繰り広げられている。読み終えた私は震えが止まらなかった。
 喫茶店の小説を喫茶店で読むというシチュエーションに一人笑みが零れたが、気がつけば、スムーズに数ページ読んでいた。内容は、夢でしか会うことのできない人が喫茶店で本を読んでいる。喫茶店の雰囲気は、何とこの店そっくりではないか。しかも主人公の男が、女と出会った時に、その女性が本を読んでいた。読んでいた本が気になって本屋で本を購入するが、本の内容を読んで驚愕する。
作品名:短編集33(過去作品) 作家名:森本晃次