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短編集33(過去作品)

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 真子は、少しスリムな顔立ちで、スタイルはよいのだが、顔の彫りが深く、顔色はお世辞にもあまりいいとは言えないだろう。私は自分が痩せていることもあって、少しポッチャリ系の女性をいつも頭に思い浮かべる。
 私は二十年前くらいのアイドルをずっと思い浮かべてきた。一番テレビを見ていた頃で、憧れの女性が「アイドル」であるというのをずっと頭の片隅に置いていた。それが今でも意識としてあるために、理想は健康的なかわいい女性と思い込んでいる。
 夢に出てきた女性もまさしくそうであった。しかし、
――アイドルというのは近寄りがたい存在――
 とずっと思っていたので、たとえ夢の中とはいえ、一線を引いていたように思う。
 夢を見ていることをきっと自覚していたのだろう。一線を引きながら、自分の理想の女性が現われたことにドキドキすることもなく、冷静な目で見ていたように思う。だからこそ、夢だと思いながらも内容を覚えているに違いない。
 内容といっても他愛もないことだった。
 普段行ったこともないような喫茶店に座ってコーヒーを飲んでいる私。窓から見える人の群れは、駅のロータリーのようだった。まわりを見ると一人の客が多い。きっと待ち合わせに利用するようなところなのだ。
 待ち合わせる人がいるわけではないと感じていた私は、喫茶店の雰囲気を妄想の産物だと思っていたことだろう。夢の中では真子はまったく違う世界の人であり、私は女性と付き合ったことがない人になっていた。
 しかし実際に待ち合わせに使うような喫茶店に入ったことがあったはずだ。大学時代に時々利用していたもので、そうでもなければ、そんなリアルに喫茶店の雰囲気を思い浮かべることなどできないだろう。
 夢に出てきた女性は、私を見て、最初クスクスと笑った。なぜか、他にも空いている席がたくさんあるにもかかわらず、私の前に鎮座したのだ。クスクスが次第に含み笑いに変わり、そのうち私を凝視している。
――ヘビに睨まれたカエル――
 とまでは行かないが、視線から逃れられない恐怖を一瞬感じた。だが、含み笑いが微笑みに変わった瞬間、気がつけば私も微笑み返していた。
「こちらよろしいですか?」
「よろしいですか」もないものだ。すでに座っているではないか。彼女は続ける。
「ここにはちょくちょく来られるのですか?」
「いえ、初めてです」
「いいところですから、きっとあなたも気に入ってくれると思いますよ。私はよくここに来ては読書をするんです。あなたは読書をされますか?」
「いえ、したいとは思うのですが」
「されればいいと思いますよ。私がここで読書をしている姿が自分で目に浮かんでくるんです」
 そう言って、また微笑んだ。
 私もそこで読書をしている姿を思い浮かべてみた。するとどうだろう? 目の前の彼女が自分に見えてくるではないか。背中を丸めて肩肘ついて本を読んでいる。読んでいる本もまさしく彼女が今読んでいる本、そんな光景が浮かんでくる。
 読んでいる本の表紙に見覚えがあった。文庫本が自分の身体に照らしているので、かなり小さく感じる。
――自分が本を読んでいる時は、これほど私は大きく見えるものなのだ――
 と、我ながら感心している。これも日頃から思っていることが夢に現れ、今さらながら感心しているのだと考えれば、潜在意識もまんざらではない。
――今私が読んでいる本はまさしく、昨日買ってきた本なのだ。ということは、今見ている夢は本を読みながら寝てしまってから見ている夢ではないか――
 ここまで本当に夢の中で分かっていたかどうか分からない。しかし、夢から覚めながら感じた中に確実に自分が夢から覚めて、いつの現実に戻るものなのか、ハッキリと分かっていた。
 夢で覚えているのはそこまでなのだが、記憶としては生々しさがあった。喫茶店自体は入ったことのないところなのだが、なぜかロータリーの風景には見覚えがあった。しかも実際に見たことのある角度から見たような気がするのがとても不思議だったのだ。それもごく最近、ひょっとして、覚えていないだけで、今までに見たことのある夢の続きだったのかも知れない。
――昨日読んでいた本――
 確かミステリーのように感じていたが、読みながら、以前から内容を知っていたような妙な気分に陥っていた。今日見た夢にしてもそうである。半分だけしか覚えていないが、何となく生々しさが残っていて、実に不思議な感覚だ。今日読んだ本だって間違いなく初めて読んだ本だった。一生懸命に真子が押すだけの本だと思ったのは、きっと内容に見覚えがあったからに違いない。
 目が完全に覚めた私の目の前にある本、ぶっきらぼうに置かれているが、私の目を引いた。身体だけが火照っていて薄暗い部屋は風もなく重たい空気に支配されている。それだけに冷たさを感じ、私以外、まったく動いていない空間が、さらに重く感じられるのだった。
 昨日、寝付く時は暖かさを感じていた。それが気持ちのよい眠りを誘ったのだろうが、そういえば今までに寝室でこれほどの暖かさを感じたことがない。きっとそれが寝付けなかった最大の理由ではなかったか。まるで目が覚めた時のような空気の重たさ、それを感じている間、私はなかなか寝付くことができないのだろう。
「僕の寝室は、暗くて冷たいんだよ」
 真子に話したような気がする。それはホテルの一室で身体を重ねている時だった。事を終えて、身体に何とも言えない倦怠感があり、鉛のように身体の重たさを感じている時……、
「そりゃあ、男性の一人暮らし、そんなこともあるでしょう。女性の私でも自分の部屋で感じるわよ。人肌が恋しいって時をね」
 そう言って私に思い切り抱きついてくる。さすがに感情の昂ぶりまでは起こらないが、きめ細かな肌触りが何とも言えず、全身で気持ちよさが襲ってくるのを感じていたいような気持ちになっていた。
 真子の部屋は暖かく、そして甘い香りが充満していた。眠くなくともまるで夢の中にいつもいるような気分になるのは、人肌の魔力によるもののような気がして仕方がない。
「こうやって一緒にいる時が一番幸せなんだろうね」
「ええ、きっとそうね。それだけ人は寂しさを持っているものなのかも知れないわ」
「そしてその寂しさをなるべく感じないように過ごしていければいいと感じているのは、皆同じだろうね。だからこそ男は女を、女は男を求める」
「お互いにないものを求めるのが、男女だと思っていたけど、暖かさを求めるっていう基本的なことも大切なのよね」
「そうだね」
 私は真子と一緒にいると、いつも何か忘れていたものを思い出させてくれるように感じる。それが一番嬉しく、事が終わったあとの倦怠感や、
――一体何をしているんだろう――
 などといった不思議な気持ちを少しでも和らげてくれているような気がする。真子もきっと同じことを考えているのだろうと思い、強く抱きしめていた。
 真子に教えられた本があまりにも読みやすかったので、一日で読んでしまった。翌日、私は一人で本屋へと向ったのは、自分で読みたい本を探してみたいと感じたのと、今行けば、自分の読みたい本が見つかる気がしたからだ。
 本屋に一人で行くなどあまりなかった私だったが、それは、
――自分の居場所じゃないんだ――
作品名:短編集33(過去作品) 作家名:森本晃次