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短編集33(過去作品)

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 と私は認識しているが、今でもそれに変わりはない。なぜなら、夢で見ていた時間を長く感じてはいるが、覚めてから現実の世界に身を任せていると、夢の中での時間が希薄なものに感じられて仕方がない。それが夢というものなのだろう。
 怖い夢であってもしかり、楽しい夢であればなおさら時間の感覚が麻痺してしまっていて、一番夢から覚める瞬間の時間だけを長く感じられる。そんな時は寝つきもいい時だ。怖い夢を見た時も寝つきがよかったりするが、そんな時は疲れで眠ってしまったことが多く、きっと身体の疲れが潜在意識として、夢の中で展開されているのだろう。
 真子と初めて身体を重ねた日がそうだった。
 真子の部屋に泊まったのだが、自分の部屋よりも広くてしっかりと片付いたマンション、何といっても初めて入る女性の部屋である。まず、匂いからして女性独特の香りがして、私はその時、香りだけで感覚が麻痺してしまいそうな気がしてしまっていた。
「香水臭くて大変でしょう?」
 そういって笑った顔は、綺麗だった。
「いや、そんなことないけど……」
「ないけど?」
「あ、いや……」
 私がうろたえる姿がおかしいのか、クスクスと笑って見せる。言葉を繰り返して見るのも真子の癖のようで、私の反応を楽しんでいるのだ。そんな真子を妖艶に思うのもいたし方なく、部屋の雰囲気に酔いながら、真子自身にも酔っていた。
 すべてが終わってからの私は、グッタリとなってしまっていたようだ。普段飲み慣れないお酒を呑んだこともその一つなのだが、私には以前に味わった思いがいっぱいだったのもある。
――この雰囲気は初めてではない――
 間違いなく女性の一人暮らしの部屋に上がるのも初めてだし、女性と身体を重ねるなど、信じられない思いである。それなのにどうしたことだろうか?
「どうしたの?」
 私が部屋に入って最初あまりにもキョロキョロするのを面白そう眺めていた真子は、きっと私が女性の部屋に入るのが初めてで、ソワソワしているためだと思ったのだろう。
 だが、もちろんそれもあるが、私としてはむしろ、前に味わったことのあるところとの違いを探していたのだ。隅々まで眺めながら記憶の奥にある思いを必死に呼び起こし、その違いを探すことに全神経を集中させようとしていた。
――この香水には負けてしまう――
 あまりの香水の強さに吐き気を催しながら、実際は甘い女性の色香を思い出そうとしていたに違いない。
「うわっ」
「どうしたの? 大きな声で」
 大声で叫んでいたのを思い出す。
 疲れ果てて眠ってしまった時に見た夢を思い出すと、真子の部屋の天井模様が目に浮かんでくる。部屋を見渡すが最初に入った時に感じた部屋の雰囲気と、確実に違うものだった。何がどう違うのかその時の私には分からなかったが、きっと怖い夢を見て目が覚めた時に思い出すのが、その時の天井模様だということだけは確かなようだ。
 真子はそんなことを私が感じているなど知らないだろう。
「初めてで気が動転していたんだわ。可愛いわ」
 くらいにしか感じていないように思える。それだけ、私にとっての真子は、「お姉さん」なのだ。
 本を読むように薦めてくれた真子に他意はないだろう。私が普通に相談したのを、普通に答えてくれた。それだけのことなのだ。真子にとって私は普段は普通の友達であり、恋人同士のようになると、姐御肌を現す。しかし、ベッドの中では従順で、私にとって、一番素敵な女性に変わるのである。そのギャップが私には嬉しく、二人きりになると、
――いつまでも抱きしめていたくなる――
 という、そんな気分に陥ってしまう。
 きっと私の前でだけは、他の人には見せない真子になるのだ。普段の真子は精一杯虚勢を張っていて、それを悟られたくないために姐御肌を現しているように見える。
 姐御肌が気に食わない人は彼女のそばからいきなりいなくなるわりには、本当の友達というのも数人いるようだ。それは、彼女の本質を分かっていて、それで付き合っているのだろう。姐御肌でありながら、そんな自分に嫌気がさすこともあり、そんな時に見せる気弱そうな真子を、他人は放っておけないのだ。
 私も最初はそうだったのかも知れない。
――悩みを相談するわりには、次第に従順なところを見せる――
 そんな女性から、
「あなたは優しいから好き」
 などと言われると、ドキッとしてしまうのも仕方のないことで、私が真子を好きになった瞬間だった。
 真子は、すぐに自分をオブラートに包んでしまう。どちらかというとよく喋る方なのだが、一旦へそを曲げてしまうと、まったく口を開かなくなるタイプだ。呑み会などで、盛り上がった時でも、気に入らないことがあれば、プッツリと貝のように口を閉ざしてしまう。
「ずっと私のそばにいて」
 本気だと思いたいその言葉に私は完全に舞い上がってしまった。何度も夢に出てきた女性に言われた言葉とまったく同じだったからだ。その女性はいつも顔がハッキリしていない。誰かを思い浮かべているに違いないのだが、分からないのだ。
 夢の中ではハッキリとしていて、目が覚めると覚えていないのかも知れない。それはいつも感じることだ。私の場合、いや、他の人もそうなのだろうが、夢から覚める瞬間が分かる。そんな時、
――ああ、このまま忘れてしまいたくない――
 と感じているに違いない。
 後から思えばそう感じていたような気がする。起きてから感じる何とも言えない憤り、それは忘れてしまうことへの惜念の思いがあるからなのだろう。
 そういえば、私の前でだけ違う人格を見せる人が結構いるような気がする。それはいい意味も悪い意味も含めてなのだが、時々悩むこともあった。
――なぜ、あの人は私にだけ露骨に嫌な顔をするのだろう――
 それが会社の同僚だったりすると辛い。毎日嫌でも顔を合わせるからだ。一生懸命に歩み寄ることができる性格であればそれほど気にすることもないのだが、私にはどうしてもできない。それが、相手にも分かるのか、露骨な態度を変えようとせず、お互いに平行線のままなのだ。
 私はその理由も分かっている。
――きっと喜怒哀楽がそのまま顔や態度に出るからなのだろう――
 自覚しているつもりである。本人としては、本音で相手と向き合いたいと思う一心だと感じているが、果たしてまわりがそれを分かってくれるだろうか?
「あいつは自分のことしか考えていない。まわりの雰囲気なんてお構いなしなんだ」
 という声が聞こえてきそうで、怖くなる。しかし、持って生まれた性格だと思っているので、
――そう簡単に変えれるものでもない――
 と半ば諦めかけている。変えるつもりもなければ、ある意味長所だとも思っている。なぜなら、
――分かる人には分かってもらえるのだ。分かる人に分かってもらうだけで私は幸せなんだ――
 と思っているからだ。閉鎖的な考え方で、わがままな考え方なのだろうが、それでもいいと思うのは、真子のような素敵な女性に出会えたからだと思う。真子は夢に出てくる私にとっての理想の女性に生き写しである。私の期待している言葉が、そのままそっくり返ってくる。気持ちを込めた言葉として返ってくることが手に取るように分かるのが、一番嬉しかった。
作品名:短編集33(過去作品) 作家名:森本晃次