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短編集33(過去作品)

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 ベッドに入っても、音楽だけは欠かせなかった。ロックだったり、ポップスだったり、歌詞のない音楽は苦手だった。
 しかし読書の時は違う。
 今も音楽が流れている。FM放送にしているのだが、流れているのはクラシックだ。
――読書をするなら、クラシックの流れているところでしたい――
 と思っていた。贅沢な時間の使い方ができるからと思ったからで、まさか眠れないために本を読むことになるとは思っていなかった。今までと違った気持ちで布団に入ったのだが、気持ちに余裕を持てた気がしてきたことが、安心感を生む。
 暖かな布団を感じるのはいつものことなのだが、なぜ眠れないのだろう? 眠くなるにはなるのだが、いつも眠りに就く前に現実に引き戻されるような気がする。そういう意味で、夢の世界へ誘ってくれるような本であれば、スッキリと眠れるかも知れない。
 本を読むにはロックやポップスでは無理だ。元々注意力が散漫で、集中できないタイプの私に音楽を聞きながらの読書ができるかが心配だった。しかし想像力という面では長けている気がしているので、クラシックや軽音楽のような音楽は、却って幻想的な雰囲気を醸し出し、私を夢の世界へと誘ってくれるに違いない。
 それは間違いではなかった。以前に喫茶店で、音楽を聴きながら漫画を読んだことがあったが、その時に流れていたのがクラシックだった。バッハのピアノ曲だったと思う。タイトルは思い出せないが、その後で同じ曲を聴くと、読んでいた場面が瞼に浮かんできたことがあった。また、もう一度その漫画を読み直すと、シーンにBGMがついているように、クラシックのピアノの音がよみがえってくるのだ。それほどクラシックという音楽は、視覚と相乗効果を持っているものなのだろう。
 私は懐疑主義であるわりに、自分に都合よく考える時もある。何か辛いことがあっても、
まるで夢の中の出来事のように位置づけ、自分を渦中の表に置く。夢を見ている時にもあるではないか。客観的に自分を見ることで、悩み事やどうにもならないことを楽観視して苦しみから逃れようとする。それが長所なのか短所なのか分からないが、少なくとも違った角度から見ることで、うまく立ち回れることもある。
 夢の中には二人の自分がいる。主人公の自分とそれを客観的に見ている自分である。記憶にあるのは客観的に見ている自分で、主人公の自分は、夢の中では他人なのだ。
 それだけに主人公に対してイライラしたりすることもあるようで、怖い夢を見て目が覚めた時など、余計にホッとした気分になるのだろう。
 クラシックの音を小さめにしながら布団の中で本を読んでいると、なるほど眠くなってきていた。気がつけば欠伸をしていて、涙腺がゆるくなっている。
――これが眠気というものなのか――
 寝よう寝ようと自分に言い聞かせている時は、眠気を感じることがない。気がつけば寝ていて、気がつけば起きる時間なのだ。そのため、起きる時の気分しか味わった覚えがない。
――忘れているだけで、味わったこともなるのだろうか――
 とも思うが、圧倒的に起きる時の気持ち悪さしか記憶にはないのだ。眠りに落ちていく時の気持ちよさを味わえば、起きる時にそれほど気持ち悪く感じないかも知れない。
 そういう意味で今日は気持ちがいい。これが真子の言っていた読書の魔力のようなものなのだろうか。
「本を読んでいるとね。何とも言えない気持ちになるのよ。あなたも眠くなってくると分かると思うわ」
「どんな感じになるんだい?」
 と私が訊ねると、少し下を向き加減で困ったように、
「何て説明したらいいのかしら? 私もその時々で雰囲気が違うのよ。とにかく気持ちよくなるのは同じなんだけど、抱かれているような、包まれているような、そんな気持ちになるとでも言えばいいのかな」
「そうか、毎回違うんだね」
「ええ、あなたにも分かると思うわ。それが読書の魔力のようなものかも知れないわね」
 大袈裟なようだが、その時の真剣な真子の顔を見ていると、決して大袈裟なものではないような気がしてくる。ハッキリと「読書の魔力」という言葉を使う真子、私もまもなくその魔力に抱かれるような気がしている。
 懐疑心があるわりには、人の言葉を信じることもある。相手にもよるのだろうが、真子に対してはきっと信じる相手なのだろう。疑ってみたという記憶はあまりない。普段が懐疑心の塊のような自分なので、特に信じている人にはとことん従順なのだ。
 従順という言葉は適切と言えないかも知れない。しかし、一匹狼のような人間が誰かを信用すると、その人に嵌まりやすくなってしまう。もしそれが異性であればなおさらで、自分の知らない世界や考え方に陶酔してしまうのも仕方のないことだ。
 読みやすい本なのだが、読み込んでいくうちに、
――おや? どこかで読んだことのあるような気がする――
 と感じながら読んでいる自分に気付く。ミステリーなのに、ミステリーらしくなく、どちらかというとラブロマンスっぽいストーリー仕立てになっている。なるほど、女性好みの本だということが分かり、これなら寝る前にあまり本を読むことのなかった私でも、すんなりと読み込んでいける。
 漫画ばかり読んでいた自分が嘘のようだ。読んでいて気がつけば主人公の男性に自分を置き換えて読んでいる。読書の醍醐味とは想像力を膨らませ、主人公を自分に置き換えて読むことだということを今さらながらに思い知らされたような気がする。
 私は、あまり女性経験がない方だ。
 初めて女性を知ったのも、社会人になって付き合い始めた真子だった。学生時代にも数人の女性と付き合ったことがあるが、皆数ヶ月で別れてしまい、女性を知るまで至らなかった。初めてだった私に対して真子は、私が初めてではなかった。私にショックなどなく、逆に優しくリードしてくれる真子がいてくれて心強かった。普段私に従順な真子、その時だけは頼もしく感じたものだ。
「あなたって可愛いわ」
 初めての時のその言葉が、私の気持ちを昂ぶらせる。どう言えば私が昂ぶるか知っている真子を見ていると少し癪な気もしたが、リードされる快感を初めて知ったのもその時だった。次第にお互いが無口になっていき、やがて暗闇の中に吐息が切なく消えていく。無我夢中で貪る真子の身体はきめ細かく、暖かだった。まさしく私の想像したとおりのはじけるような肌に溺れていった。
 あの時も気がつけば眠っていた。だが、心地よい眠りに誘われた記憶は残っている。私が求めている一人の時の睡魔とは違うのだろうが、
――眠りに落ちていく感覚をさりげなく感じることができて、それを身体が覚えている――
 それが私にとっての理想なのだ。
 夢を見る時というのは、眠りが深いものだ。深い眠りを誘う時、私を夢の世界が待っている。ゆっくりと入っていく世界をきっと夢の中の私は感じているのだろう。だが、起きてからは覚えていない。覚めるにしたがって忘れていくに違いない。
――夢とは目が覚める寸前の一瞬に見るものである――
作品名:短編集33(過去作品) 作家名:森本晃次