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短編集33(過去作品)

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「私も最初の頃にそんな夢を見た記憶がありましてね。かなりの昔ですが」
 そう言うと男は虚空を見詰めるようにしながら、思い出しているようだ。それにしてもかなり昔の夢がそう簡単に思い出されるものなのだろうか?
 男は続ける。
「きっとこの間のあなたのような顔をしていたんでしょうね。ははあ、私がかなり昔のことを覚えているので、不思議なんですね?」
「ええ、少しビックリしています」
 本当はかなりビックリしているのだが、これから男が喋ることを考えると、まだいろいろ驚かされそうな気がして、あまりたじろいだ表情を見せたくなかった。
「実は、私やあなただけじゃなさそうなんですよ。ここで最初に居眠りをした人は、同じ夢を見るらしいんですよね」
「私の前にも見られた方が居られるとか?」
「ええ、その人もこの間のあなたと同じような顔をしていましたね。あの時も私には夢の内容が分かったんですよ。その時の彼の一言でね」
「一体、何て言ったんですか?」
 男は少し間を置くようにしながら、話してくれた。少しじれったさを感じたが、時間を次第に長く感じてくる時のように身体が熱くなるようだった。
「あの時も昨日や今日のように、肌寒い時期だったんですよ。でも、その男性は、今日は暖かいって私に向かって呟いたんです」
「はい、私も今暖かく感じていますね。最初はポカポカだったんですが、今は暑いくらいです」
「そうでしょうね。顔が真っ赤になっていますからね。あなたが入ってきてそこに座った時には、額に汗が滲んでいましたよ」
「えっ、そこまでは感じませんでしたよ。自分では分からないのかな?」
「その時の男性も同じことを言っていました。それで、前に見た夢が何だったか分かったんですよ」
 実に不思議な話である。その時の表情を見ただけで、前に見た夢が分かるなど信じられない。一度自分も同じような思いをしなければ絶対に分からないと思うのは、私だけだろうか?
「ひょっとしてあなたも同じような思いをしたことがあるんですか?」
「ええ、私は最初にこの病院の待合室に座った時のことを思い出していたんですよ。そう最初に座った席は、あなたが座っているその席です」
 そう言って男は私の方を指差した。
 何ともいい知れぬ気持ち悪さがあった。しかし不思議と恐怖は感じない。ポカポカといった暖かさが恐怖を感じさせないのだろう。顔が火照っていたほどの暑さも今はなく、落ち着いてきているようだった。ただ、ここの空気が明らかに最初来た時と違うことだけは感じている。
 風は相変わらず爽やかで、これから胃の検査をする雰囲気ではない。本当は空腹感からか、胃を刺すような痛みがあっても不思議ではないのに、それを感じないほどの暖かさというべきである。それにしても、さっきまであっという間に過ぎたような気がしたが、それからお互いに喋ることなく座っていると、果てしなく時間を長く感じてしまうように思えて仕方がない。すべては気の持ちようなのだろうが、痛みがないだけいいのかも知れない。またしても、少し頭がぼやけてきそうになっている。
 胃の検査は別に異常なく終了した。待合室に出てくると、男はまだいるみたいである。
「どうやら、何ともなかったようで、よかったですね」
 相変わらずニコヤカな表情でこちらを見つめている。
「ええ、心配することもなかったみたいです。でも、これから定期的に見てもらう方がいいのかも知れませんね」
「そのようですね。先ほど話した男性も同じようなことを言っていましたよ」
 やたらとここで見た男性のことを口にしている。よほど私と共通点があるようだ。
「その人はどんな方だったんですか?」
 思い切って聞いてみた。私も次第に気になり始めているようだ。
「その人は一年に一度ここで会っていたんですよ。それもいつも同じ時期、いや、同じ日だったです」
 男の顔に緊張のようなものが走ったと感じたのは気のせいではないだろう。
「同じ日なんですか? わざわざ覚えているんでしょうか?」
 大袈裟な表情をしていたことだろう。声が部屋全体に響き渡っていて、思わずまわりを見てしまったくらいである。
「そうなんですよね。でも、相手の方がそのことを覚えているみたいなんですよ」
「『一年ぶりですね』という話になるんですか?」
「ええ、『一年前と変わっていませんね』って言われます。だから私も、『ええ、お互いさまですね』って答えるんですよ」
 その光景を想像してみるが、すればするほど不気味さを誘う。
 一年に一回、それも男同士で、一体どんな顔をして出会うのだろう? 想像の域にも達しない。
「その人は定期健診なんですか?」
「いや、悪くなってくるようなんですよ。でも、ここでいろいろ話していると、彼にとっての一年は計れるようなものではないような話が多かったですね」
「ここでいろいろ話されたんですか?」
「ええ、彼は淡々と話してくれましたね」
 次第に想像の域に達してきた。暗い部屋で男が淡々と話している。それをもう一人の男性が聞いているシーンは、何となく覚えがあるからだ。
 時々見る夢に出てくるシーンを思い出している。そこが病院の待合室だったということに今まで気付かなかった。とにかく薄暗く、声だけが聞こえているのだ。
 私はその光景を見つめる第三者である。目だけが意識として見つめているのだろう。相手から見えないだけなのか、本当に身体が存在しないのか分からない。起きて初めて、
――夢だったんだ――
 と気付く。そしてすぐに忘れてしまっている。もし、今ここで男の話を聞かなければ、ずっと思い出さないまま、もう一度見た夢の中で、
――前にも夢で見たような気がする――
 ということだけ、記憶に残るだろう。
 男は悩みを打ち明けようとしているが、最初はなかなか切り出さない。聞いている男は気持ちが分かるのか、軟らかく話を引き出そうとしている。
「一年というのは、長いようで短いですね」
 さりげなく言うと、
「いや、そんなことはないです。短いようで長いんですよ」
 今まで切り出そうとしなかった男が、淡々とした口調から一瞬大声になる。しかし、すぐに我に返るのか、言い訳をしていると、自然と口調も滑らかになってきて、そこから先は堰を切ったように話し始める。もう、興奮したような口調はなく、淡々と話すだけであった。
 聞き手の男は分かっていてそんなことを言ったのだ。見ていると聞き手の男の気持ちが手に取るに分かってくる。顔は見えなくとも、話し始めた男を暖かい目で見守っているように見える。
――きっと私でも同じことをするだろう――
 と思う。
 そう思いながら見ていると、聞き手の男の顔が見えてくるようである。その頃になると私は聞き手の男の顔しか気にしていない。ズームアップされていくように思えるのは夢を見ているからで、すぐにハッキリと顔が分かるであろう。それも夢だと感じているからである。
――やはり、そうだったか――
 ハッキリ見えてくる男の顔はまさしく、私ではないか。道理で気持ちがよく分かるはずである。そう思って見ていると、話をしている男の顔もハッキリしてくる。
――誰だか分からないけど、よく見る顔だ――
作品名:短編集33(過去作品) 作家名:森本晃次