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短編集33(過去作品)

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瞳の中の副作用



                瞳の中の副作用


 最近、寝る前によく本を読む。
 それまでは本など読んだこともなかったが、それは「食わず嫌い」だったようだ。なぜ急に本を読むようになったかといえば、夜なかなか寝付かれないのがその理由だった。
「何となく、夜寝つけなくてね」
 会社で事務の女の子にそう話した時のことだった。彼女の名前は遠野真子、私の中で一番話しやすい女性であった。気さくでよく笑い、話を真剣に聞いてくれる。だが、同僚に言わせれば、
「ちょっと話のピントがずれてる時があるからな」
 と言う。実はそれも計算づくで、あまり話したくない人に話しかけられたくないので、わざと話しにくい性格を演出しているのだ。だから、私に対するものと、まわりに対する態度とでは明らかに違う。それも、私には嬉しかった。
――きっと私に気があるんだ――
 と自惚れてみたが、間違いではなかった。実際に会社の外でどこかに行こうといえば、誘いに乗ってくる。いわゆるデートというやつだ。元々、それまで女性と付き合ったことがほとんどなかった私に、デートがどんなものか分からなかったのを、彼女が教えてくれたのだ。
――夢のような時間――
 気がつけば、あっという間に過ぎ行く時間だった。最初こそいつまでも続いていそうな時間だったが、実際に過ぎていくうちに時間の経過が気になり始める。気になり始めるとそればかりが気になり、落ち着かなくなる。それが私のデートというものに対する印象でもあった。
「寝付けないの? 坂田さん。それは辛いわね。本とか読めば眠くなるかもよ? 活字を読んでいると目が疲れてきますからね」
 彼女は普段、私のことを「毅」と呼ぶ。しかし、それはあくまでプライベートの時のことで、会社ではさすがに苗字で呼ぶのだ。しかし私は彼女のことを会社でも仕事以外の場所では、「真子」と呼ぶ、いや呼びたいのだ。公私混同なのだろうか? 真子を見ていればまんざらでもなさそうなので、私はそう呼ぶことにしている。
「そっか、じゃあ本を読むことにするかな? ありがとう、やっぱり君に相談してみてよかったよ」
 心底そう感じた。それから私は寝る前に本を読むようになったのだ。
――一体どんな本を読めばいいのだろう――
 本など今までに読んだこともない。活字恐怖症とまで行かないが、読んだとしてもセリフ部分しか読んでいなかっただろう。小学生の頃から国語が苦手だった。長文読解など最高に嫌いで、時間が限られたテスト時間、ダラダラ読むことしか知らない私には苦痛以外何ものでもなかったのだ。
 私は本以外でもそうなのだが、結論を急ぎたい傾向にある。結論を出すためにダラダラするのが嫌いで、よくインスピレーションだけで決めていた。第一印象を大切にする方であり、あれこれ考えていると悩んでしまって、纏まるものも纏まらなくなる。それが今までの私だった。
 きっと几帳面ではない性格が災いしているのだろう。順序立てて物事を考え、そうすることによってストーリー展開の先を読めるようになれれば、きっと読書も楽しくなるはずである。大雑把な性格はいたるところで損をしているようで嫌いなのだが、どうしても几帳面になれない。きっと最初の整理の仕方が分からないからに違いない。
「そこまで分かっていて、どうしてできないの?」
 真子に言われると言い返せなくなる。真子も責めているわけではないのだろうが、私を見ていると自然と口調が責め言葉になってくるのだろう。それも分かるつもりだ。しかし、真子と話をしていて一番辛い時であることに間違いはなく、私のことを考えて話してくれてるのだと思うことにしている。
「あなたのためなのよ」
 いつも言われるセリフである。
 真子が私に読書を薦めたのも、それが最大の理由なのかも知れない。
「これなんか面白いわよ」
 本屋についてきてくれて、文庫本のコーナーを探していたが、すぐに見つかったようだ。
「ミステリーなんだけど、私が最初に面白いと思った本なの。セリフも多いし、私はあっという間に読んでしまったわ」
 私は真子に言われるままその本を買い、さっそくその夜から寝る前に読むことにしたのだ。
「読みやすいのかい?」
「そうね、私は読みやすかったわ」
 その真子の言葉を私は信じることにした。そう思って読めば、きっとすんなりと小説の中に身を置くことができるような気がしたからだ。
 その日は真子と食事をしてからそのまま部屋へと一人で帰った。真子と食事をしただけで、その日は大いに満足だったからだ。本を買うという目的を達することができただけでも、その日充実感を感じた。
 もう一つ、寝付けない私が本当に本を読むだけで寝付けるようになるのかも信じがたかった。あまり信じないタイプの私は、
「風邪薬とか飲むと、すぐに眠くなるよね」
 と言われても、
「そんなことないんじゃないかな? 僕は眠くなることないよ」
 と答えるだろう。
 実際に風邪薬を飲んでも眠くならない。確かにあまり信じることをしないからだろう。冷めた考え方をしているのか、人の言うことをまともに信じない方である。
「お前は鈍感なんだよ」
 と言われるが、
「そうかなぁ?」
 といつもハッキリと答えていない。自分でも分かっていないのだろう。副作用に気付いていないのだ。
 自分で見るもの以外は信じられないと言っている友達がいたが、私も同じようなタイプなのだろう。確かにクールな性格の先輩だったが、他の人が聞いて分かりにくいことでも、私には先輩の気持ちが手に取るように分かっていた。
 そんな私が騙されたつもりで買ってきた本、本当に眠くなるのか、半信半疑になるのも無理のないことだ。
 食事も済ませたし、ゆっくりとシャワーを浴びて、本当なら疲れているのだろうが、なかなか眠くならない。まだ十一時にもなっていないのだから当たり前なのだが、とりあえず、布団の中に入り、布団の前の電気だけをつけた。
 まだ身体が、シャワーで火照っているので、すぐに眠くならないことは分かっている。
 さっそく買ってきた本を開いたが、今まで布団の中で本など読んだことのない私は、少し緊張していたかも知れない。ページを開くと本独特の印刷物の匂いがする。紙の質の匂いのようだが、新鮮だった。
 確かに真子の言うとおり、セリフが多く、読みやすそうな本だった。そして何よりも、
――本を読んでいるという高貴な気持ちに浸れる――
 というのが一番気持ちいい。
 そういえば、最近部屋で落ち着いて何かをするなどということがなかった。いつも何かをしていても「ながら」で、食事にしても惣菜メニューの有り合わせで、せめてレンジでチンするだけ。後はテレビをつけて、動く画像を垣間見ながら、食事をしたり、後はテレビの音を消して、ステレオをつけていたりして、耳のリフレッシュをしている。
 どれもこれもが中途半端なのだが、それも慣れれば生活の一部。実に違和感なく過ごせるものだ。
 しかし、音のない生活だけは信じられなかった。耳なりのような音が響いていて、冷たさだけが部屋を支配している。そんな部屋に一人でいるのは耐えられない。一つのことに集中できないのは、そんな静寂が嫌だったからだ。
作品名:短編集33(過去作品) 作家名:森本晃次