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短編集33(過去作品)

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――まるで冬から春に変わった時のような甘い香りのようだ――
 と感じた瞬間、男の顔が微笑んでいた。
 ソファーに座って香りを楽しんでいたが、いつまで続くか分からない。だが、次第に思い出の中に入り込んでいく自分を感じていた。
 そこは少女アニメに出てきそうないわゆる「お花畑」である。もちろん行ったこともなければ、実際にそんな場所が存在するなど考えたこともなかった場所だ。指先の痺れの感じから意識が薄らいでいくように感じたが、それが夢の世界への入り口だったのかも知れない。
 広がっているお花畑に一人の少年が見える。小さい頃の私に違いないようなのだが、まだ声変わりもしていない少年は、鼻歌を歌いながら花を取っていた。
 無我夢中で、まわりのことなど目に入っていないようだ。自分のことなのでよく分かるのだろうが、私は一つのことに集中するとまわりのことが見えないタイプである。
――夢の中を、表から見ている――
 という不思議な感覚に、じっと見ていたが、目を離そうとしても金縛りにあっているように自然と逸らすことはできないだろう。ある意味、苦しいもののように感じるが、嫌な夢でないことを祈るしかなかった。
 夢の中でも意識がしっかりしている時がある。目が覚めて覚えているか、覚えていないかの違いなのだろうが、この夢は忘れないような気がする。また同じ夢を見そうな気がするからだ。
 少年はある程度花を摘むと、いつの間にか横に現われた籠に、両手で掬うようにして入れていた。座り込んでいた腰を初めてあげると、すぐそこに見えている大きな木の方へと歩き始めた。
――あれ、なかなか着かないようだ――
 最初こそ、すぐ目の前に見えていた木だと思っていたが、どうやら距離があるようだ。近くに見えていたのは錯覚で、それだけ大きな木なのである。幹も太そうなその木陰は涼しそうに感じられた。少年は、木陰に向って歩いていたが、大きな木の近くにあるテーブルのようなものに、持っていた籠を置いた。
 小さく溜息をついた少年は、テーブルの上に腰かけると、空を見上げ深呼吸をした。完全にリラックスしていて、頭を下げるとしばらくそのまま動かないだろうと感じる。
 少年が座っているテーブルのようなもの、よく見ると地面にいくつかの足のようなものが伸びている。たこの足のように見えるものは、しっかりと地面にめり込んでいるようである。
――なぜ気付かなかったのだろう――
 と感じるほど、分かってしまうと、それ以外にはもはや見えてこない。それとは、巨木の切り株である。
 夢の中で、色を感じないのは覚えていないからだろうが、その時に見た巨木の茶色は忘れないような気がする。お花畑の色を忘れたとしても、きっと茶色は覚えているに違いない。
 少年は一生懸命に花をより分けているが、ふと手が止まった。そして、一度テーブルとして使っている切り株の上にばら撒いた花を、籠に入れている。今度は入れた籠を地面に置くと、何もなくなった切り株の上を見ているのだ。
 その表情は真剣そのもので、今まで何も考えずに花を摘んだり、振り分けたりしていたのが嘘のようである。真剣な表情には少し怯えが入っているようにも感じたが、それは一瞬で、少しずつ変わっていく表情には喜びのようなものが浮かんできた。
 自分の表情だと思うから気持ちが分かるというもので、その顔は何か新しいものを発見した時の喜びに似ていた。
――他の人であれば果たして同じような表情になるのだろうか――
 などと考えながら見ていると、次第に表情が綻んでくるのが分かる。さらに見ているとその表情に、
――自分の表情って、こんなに気持ち悪いものだったんだ――
 と思えるほどに不気味だった。何かを発見して喜んでいるようなのだが、その顔の真意が自分であっても分からない。何かを思い出しながらほくそえんでいるような顔に見えて仕方がないからだ。
 相手から私の姿が見えないのをいいことに、私は近づいてみた。きっと目だけだと思っているから近づけるのだろうが、少年は私の気配も感じないようだ。これが夢たる所以なのだろう。
 近づいてみて上から眺めてみると、そこには切り株の年輪があった。予想通りといえば予想通りなのだが、これほどクッキリと見えているとは、まるで公園に置かれている作り物の椅子を思わせた。
 バームクーヘンのように輪とその境の線とが色分けされている。これほど鮮やかなものはやはり作り物だということの証明だろうか?
――いや、作り物なんかじゃない。やっぱりこれは本物なんだ――
 と、しばらく眺めていると分かってきた。
 木の断面としては、かなり歪な形をしているし、何よりも、年輪の中心が木の中心にあるわけではなかった。どちらかというと少年の手前の方に中心が寄っている。
 年輪というのは、その言葉どおり、一年の成長を意味するもので、成長の大きい方が、幅が広いものである。少年に近い方に中心が寄っているということは、それだけ成長が遅いと言うことになる。
――少年側の方が日陰なんだ――
 少年はきっといつもこの位置に座っているのだろう。よく見ると、座った跡が残っている。それは今日の分ではなく、前の分だ。気をつけてみるとハッキリと残っている。
 いつも光が照らされた年輪の上で、花を分けていることだろう。
 すると、どこからか、花の香りを乗せた風が吹いてきた。ここで初めて感じた風であるが、春の暖かさを含んだ心地よい風である。そのままここでずっといてもいいなどと、考えていた。
 しかしそれも長くは続かなかった。心地よい暖かさは、全体的なまわりの白さが程よい明るさを感じさせてくれていた。空も白く、太陽の存在など考えるまでもなかった。空全体が白く発光しているように感じていたからだ。
 年輪から太陽の位置を感じ取ったことで、大体ある位置を見ようとしたその瞬間、目の前に白い閃光が走り、思わず目を瞑ってしまった。
――眩しい――
 と感じた瞬間、目を瞑っていたのだ。すぐに気がついたような気もしたが、しばらく目が開けられないでいた。
 目を開けた瞬間にいたのは、病院の待合室であった。かすかに香ってきた花の香りも今は薬の臭いに打ち消され、暖かさなど錯覚だったかのように、肌寒さから震えが止まらないでいた。
――やはり夢だったんだ――
 しかし、夢にしても不思議な感じだった。前にも見たことがある夢だと思うのだが、なぜそんな夢を見るのか見当もつかない。夢とは自分の潜在意識が見せるものだという意識があるので、何かしら覚めてからそれなりに納得するところもあった。それ以前に覚えていない夢が多い中で、これだけ身に覚えのない夢をハッキリと覚えているなど、それ自体が不思議である。
 思わず服の臭いを嗅いでみる。すると、かすかに花の香りがして、春を感じさせられるような気持ちがしてきた。どうして嗅いでみる気になったのかも分からないが、
――本当に夢だったのだろうか――
 という思いが、しばらく残りそうな気がした。
作品名:短編集33(過去作品) 作家名:森本晃次