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短編集33(過去作品)

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 と思っただけで情けなくなってしまう。大人には大人の世界があって、大変なのは分かるが、自分がいざそんな顔をするようになるのかと考えただけでウンザリしてくるのだった。
 実際に自分の父親も毎日ムッツリとしていた。家にいてもあまり会話がない。そんな父が社会の犠牲者だと感じたのが死んだ時だったとは、実に皮肉なことだ。
 死んですぐの父の顔を見た母は、
「こんなに安らかな顔をしていたんだ」
 と思わず流れる涙を拭くのも忘れて号泣していた。そんな母を見るのは後にも先にもその時だけだった。いつも表情を変えない母がである。
「厳格な人だったんだが、さすがに最後は安らかだね。それがせめてもの救いだよ」
 これは父の会社の上司に当たる人の言葉だった。
「明日は我が身さ」
 上司と一緒にいた人が言ったその言葉が一番頭に残っている。
――明日は我が身――
 自分も同じことを考えながら仕事をしなければならないのかと思わざるおえなかった仁科である。
 父親の顔を見た時、自分の死に顔を思わず想像した自分が嫌だった。
 棺桶の中を覗き込むという夢も何度か見たことがある。中にいるのは父であるのは、まわりの列席者に見覚えがあることから想像がつく。
「最後のお別れを」
 葬儀屋さんに言われて、皆それぞれ一輪の花を持って覗き込んでいる。中には真っ赤に張らせた目を拭うことなく覗き込んでいる人もいるが、ほとんどが無表情なのが印象的だった。
――誰が死んだって、明日は我が身だと思っているんだ。真剣に悲しむ人なんているものか――
 肉親以外の人の表情は案の定、冷めたものだ。肉親でも親戚の人はそれほど表情を崩すことなく淡々としている。
「本当に惜しい人を亡くしたものね」
 と口では言っているがどこまでが本心か分かったものではない。それを見ながら進んでいくと、いよいよ順番が自分に回ってくる。
 中を覗き込むのを戸惑ってしまった。まわりの人の視線を痛いほどに感じたからで、確かに先ほどまで自分が浴びせていた視線も鋭いものだったに違いないが、いざ自分の立場ともなるとここまで痛いものだと思いもしなかった。
 恐る恐る覗き込むと、喉の鳴る音が一斉に聞こえた気がした。皆その場で固唾を飲んで見守っている。お棺を覗き込むことがそれほどのことだったとは思いもしない。
「早くしなさい」
 小声で母が仁科少年に語り掛ける。母は、仁科少年が感じている不気味な雰囲気を感じていないのだろうか。いや、そうではないだろう。きっと葬儀の雰囲気というものを知っているからではないだろうか。祖母が死んだのは仁科がまだ幼稚園に上がる前で、列席していたとしても、ほとんど記憶として残っていない。
 だが、何となく雰囲気だけは感じることができた。やはり祖母の葬式の雰囲気を身体が覚えていたに違いない。
 線香の香りがしている中、いよいよ覗き込むが、瞬間身体が固まってしまった。中から覗かれているのだ。その顔は父ではない。死んでいる人なのか生きている人なのか分からない。真っ白な顔は完全に白粉なのは分かっている。それが分かった瞬間に、覗き込んだ相手が道化師だとすぐに分かった。
 口元から耳にかけて避けるような口元、鼻先には真っ赤な付け鼻、チリチリパーマが茶色くて、服は白と赤のストライプ。まさしく道化師の格好そのままで、お棺に横たわっている。
 目が完全にこちらを見ている。その視線を浴びて逃げることのできないでいる仁科少年の気持ちを誰一人として分かる者はいなかっただろう。横たわっている道化師だけが不気味な笑みを浮かべて、覗き込んでいる仁科を見つめ返しているだけである。
――目をそむけてはいけない――
 そう自分に言い聞かせた。逸らしていた顔を再度戻すと、そこには安らかな顔があった。しかし、その顔は父ではない。見たことのない顔が安らかに眠っているのだ。
――本当に知らない顔なのかな?
 どこかで見たと言われればそんな気もしてくる顔だ。違和感もなく見つめることができる。父親か母親の知り合い? 思い出せない。
 男はまだ三十代になっていないだろう。働き盛りのサラリーマンという雰囲気が漂っている。それにしても親近感の湧く顔だ。それだけに見てはいけないものを見たような気がして、夢の中だということを認識させられる。
 そんな夢を何度見たことだろう。そのたびに、
――見てはいけないものを見てしまったんだ――
 と感じるのだった。
 それにしても、どこまでが現実で、どこからが夢だったのだろう。かなりリアルに感じる。最初から夢だったとどうしても思えないのは、確かに父のお棺の中を覗き込んだ時、かなしばりに遭ったような記憶があるからだ。どうしてかなしばりに遭ったのかが分からない。
 子供の頃から、よく足が攣ることがあった。運動した後などに油断すると筋肉が硬直してしまうのだ。呼吸が一瞬止まってしまい、身体を動かすことができなくなる。助けを呼びたいのだが、心配そうな顔をされたり、触られたりすることが一番辛い。声を殺して一人苦しんでいる。そんな時間が果たしてどれだけ続いたのだろう。かなりの時間が経っているように感じるが、実はあっという間なのかも知れない。まるで夢を見ている時と似ているようだ。
 楽しい時というのはどうだろう? 長く続いてほしいと思うわりには、あっという間に過ぎてしまうように感じる。これは辛い時とは逆で、ゆっくり過ぎてほしいのに、あっという間に終わってしまったように感じる。実に自分にとって都合の悪い感覚ではないだろうか。
「人生なんて、そんなものさ」
 友達に言われると、
「夢も希望もなくなるようなこと言うなよ」
 と言い返すが、心の中では、
――もっともだ――
 と頷いている。
 最近の仁科は悪い方へと考えるようになった。仕事をしていると、どうしても最悪のケースを考えて対処するくせがついているのか、そんな自分が嫌になる。
「最近よく神経質になるんだよな」
 大学時代のサークル仲間と飲んだ時、一番楽天家に見えた友達が話していた。
「何とかなるさ」
 これが口癖だった。悩みがあるのかないのか、普段からニコニコしていて、何を考えているのか分からなかった。何も考えていないと思った方が正解ではないかと思えるほどだ。
 確かに顔つきは神経質そうに見える。
――誰でも社会人になればこれくらいの顔になるだろう――
 と思えるような表情である。
 いや、よく見ると表情がほとんど変わっていない。あれだけ表情豊かで、時には人に不快な思いをさせるほどだったのが、不思議である。
「俺、一度道化師を見ているんだ」
 その友達が他の人に話しているのが聞こえてきた。ヒソヒソ話をしていて、普通なら聞こえないだろうと思えるほどの小さな声なのに、よく聞こえたものだ。
「その道化師は、それからちょくちょく夢に出てきては、何も言わずに佇んでいるだけなんだ」
「気持ち悪いな」
「ああ、それからしばらくして、自分が神経質になってくるのが分かってきたんだ。何かがあったというわけではなく、予感めいたものというか、臆病になったのかな?」
作品名:短編集33(過去作品) 作家名:森本晃次