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短編集33(過去作品)

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――どこにいたって、結局自分の居場所は一つなんだ――
 というのは、今までに何度も感じたことだった。
 どちらかというと、女性には惚れっぽいタイプの仁科は、異性に興味を持ち始めてから好きになった人は数知れず、浮気をするなど考えられないが、一人がだめだと思えばすぐに違う人を好きになれる。ある意味、どこかで冷めた目を持っているのかも知れない。
「お前はクールなのか熱すぎるのか分からないところがあるからな」
 友達に言われた。大学時代には女性のことから将来のことまで、いろいろな話をし始めれば夜を徹してでもすることがあった。その時の友達は決まっていて、よほど気心の知れた相手ではないと、こんな話はできないだろう。
 時間があればいろいろなことを考える。それが大学時代というもので、考える幅が広いほど頭の中を整理できなくなる。しかも思春期の時期なので、整理できないと身体の発育にもついていけない。悶々とした日々を送るのも寂しかったからに違いない。
 漠然とした不安に襲われる。まだ見ぬ社会、考えるだけの膨大な時間が存在している大学時代とはまったく違う世界が、目の前に立ちはだかっているという事実だけは理解できる。
 理解はできるが実際に知らないので対処法がない。不安だけが募ってきて、時間が悪戯に過ぎていく。ひょっとして今までで一番不安の大きかった時期だったのかも知れない。
 そんな時期に見た夢で一番多かったのが、道化師の夢だった。しかも社会人になってしばらくすると、その夢を見ていた時期をまた夢で見る。その時の心境を覚えているわけでもないが、夢の中では間違いなく覚えていて大学時代の不安な自分に、完全に戻っているのだ。
 道化師の格好は色まで覚えている。微妙に違った色を感じることもあるが、ほとんど同じ衣装で、中にいる人間が入れ替わっているだけだ。
「君たちの顔を見せてくれ」
 夢で言ったように思う。
 道化師たちは一切表情に変化を見せないが、メイクの下の顔は、動揺していたことだろう。声にならずに、息遣いが荒くなってきているのを感じる。その中の一人はやはり女性の息遣いだ。
 女性が歓喜の瞬間を迎える前に湧き上がる興奮を必死で堪えている声を想像させられ、思わず身体の反応を感じる仁科だった。
――女性を抱きたい――
 と感じるのは、夢を見た時であり、起きてからも身体に起こった反応が萎えることなく興奮状態が続いている。
 本当なら覚えていないはずの夢の中、だがその時だけは、封印されながら、記憶の隅に残っているものだ。
 最近行くようになった飲み屋、ここはほとんど夜しか立ち寄ることがないが、昼間に来てみたいと思ったことが何度かあった。きっと昼間と夜とではまったく違った顔を持っているように思える。
 夜も静かなのだが、昼はもっと静かかも知れない。日の光が容赦なく降り注いでいる場所に、最近舗装を新しくしようとしているのか、ところどころアスファルトが剥がされ、裸になった道が現れている。
 昼間見ると砂塵が舞い上がっている。そこに降り注ぐ太陽の光、歩いているとそれまでは感じなかっただろう疲れを一気に感じそうだ。小学生時代にあった近くの空き地からの帰り道、そんな光景をよく見たものだ。それだけに思い出すことができるのであって、目の前の砂塵が疲れを誘う魔力を持っているようだ。
 風が吹いているから砂塵が舞い上がっているのは分かっているのだが、夢では風を感じない。目の前に舞い上がった砂塵を見て、背中にじっとり掻いている汗が、自分に疲れを感じさせるだけだ。夢だと分かるのはそのためだろう。
 そんな光景を思い出しながら日本酒を口に持っていく。
「何を考えているんですか?」
 隣に座った女性が話しかけてくるが、どう答えていいのか分からずに、さらに日本酒を口に持っていく。彼女も少しこちらを見ていたようだが、正面を向き直り、いつの間にビールから変わったのか、同じように日本酒を口に運んでいた。
「結構、いける口なんですね」
 しばらくして質問に答えることもなく、仁科から聞きなおした。
「ええ、それほどでもないんですが、今日は人が隣にいると思うと、少し飲めるような気がするんですのよ」
「それはそれは、私は喜んでいいのかな?」
「ええ、私は嬉しく思います」
 お互いに表情の緩んだ瞬間だっただろう。エクボが浮かんできそうなほどにニコヤカな表情は、
――きっとモテるんだろうな――
 と思わせるに十分だった。
「おモテになるんでしょう?」
 聞いてはいけないことだと思って一瞬、
――まずかったかな?
 と苦虫を噛み潰したような顔をしただろうが、次の瞬間には、
――言ってしまったものは仕方がない――
 と思い返して、すぐに表情は戻ったはずだ。彼女に対して非常に興味を持っているという顔をしていたことだろう。
「いえいえ、そんなことはありませんよ。でも、彼氏がいるといつも思われているみたいで、それが辛いところなんですよね」
 その表情ははにかんでいる。初対面からこんな話ができるのだから、彼女も仁科のことを少しは気にしている証拠だろう。仁科自身は確信に近いものを持った。
 彼女は表情が豊かだ。今まで出会った女性の中でも、表情の豊かさは一番ではないだろうか。仁科自身もあまり表情を変化させる方ではないのに、自分の表情が変わっていることを感じられるくらいである。それだけお互いを気にしているのだろう。
 そんな仁科も中学くらいの頃は表情が豊かだった。小学生時代は、あまり表情を変えることはなかった。いろいろなことをいつも考えている少年だったので、表情を変えることに意味を感じなかったからに違いない。だが、中学に入り友達ができると、
――表情を変えることに意味なんてないんだ。普通にできることなんだな――
 というように思うと自然に表情が和らいでくるのを感じた。
――どうしてそんなことに気付かなかったんだろう?
 最初は分からなかった。だが、それが夢に由来していると気付いたのは、かなり経ってからかも知れない。
 絶えず表情を変えることのない道化師、彼らの顔を思い出すだけで、自分も表情を変えてはいけないと思う。いや、自分も道化師のような表情になり、変えることのできない表情になっているに違いない。まわりからは避けられ、気持ち悪い表情だと思われていると思い込んでしまっているのだ。
 特に小学生時代はそうだった。道化師の表情とまではいかないが、自分の気持ちを表情にすることができない性格だと思っていた。
 表情にしてしまえば、ものを考えることができなくなりそうで恐かった。どこにもそんな根拠など存在しないにも関わらずである。
 大人になってから、表情が豊かになったように感じるのは気のせいだろうか? 子供の頃から大学生の頃まで、何かしら想像もつかないような不安感に襲われていたように思える。それは大人になることの不安感があったからで、子供心に、
――大人になるってどういうことだろう?
 と思っていたのだ。
 いつも真剣な面持ちをして仕事をしているんだろうと思ってはいても、電車の中などで出会う顔を見ていて感じるやる気のなさそうな表情、
――こんな大人になるために毎日勉強しているんだ――
作品名:短編集33(過去作品) 作家名:森本晃次