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短編集33(過去作品)

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 空想というか瞑想というか、考えることが好きなのは、どちらかというと瞑想をするようになったからだ。同時はまだ異性に興味のなかった頃だったが、ませた友達のせいで、女性の身体の神秘については、写真を見せてもらったり、話を聞かされたりしていたので、感覚だけで、
――なんて淫靡なんだ――
 淫靡という言葉の意味も分からないくせに、そんな思いでいた。言葉の意味を知って、
――やっぱりそういうことか――
 と感じたのは、男皆が必ず興味を持つということが頭に引っかかっていたからだろう。
 道化師は笑っているのか泣いているのか、白く塗られた表情の下で、喉の奥から搾り出すような声を上げた。何と気持ち悪いことだろう。
 足が小刻みに震え、その場に立ち竦んでしまったが、腰が抜けるほどではなかった。本当に気持ち悪い時というのは、身体が硬直してしまって動かないものなのだろう。実際にネコなどは車の前に飛び出せば足が竦んでまったく動かないではないか。孤独を愛する動物こそが、本当に恐いものを知っているのではないだろうか。
 ただでさえ気持ち悪いメイクなのに、道化師の笑い声はさらに気持ち悪さを増幅させる。滑稽な仕草や格好で人を笑わせる職業なのに、なぜにあそこまで気味が悪いのか、小さい頃から不思議だった。それだけに道化師という言葉が西洋風のいでたちに似合わないにも関わらず、使いたいのだ。
 小さい頃、近くの空き地にテント小屋が張ってあったことがあった。中に最初は誰が住んでいるのか分からなかったが、よく見ると、近くのパチンコ屋で道化師の格好をして宣伝している人が住んでいたのだ。当時はサンドイッチマンとも呼ばれていて、口が耳元まで避けていたメイクが忘れられない。
 彼は一人ではなかった。道化師の格好をした人が数人いたのだろう。格好やメイクが皆同じなので分からなかったが、気にして見ていればそのうちに違いが分かってきた。
 彼らは三人いたのだ。ひょっとして一人は女性だったのかも知れない。全員華奢な身体付きではあったが、一人だけはいかにも女性と分かった。だが、それも気にして見ていなければ分からない。
 道化師が女性であってはいけないという根拠は何もない。特に自分の顔を隠し、何も話さずになりきってしまうのが道化師というもの、そんな道化師を見ていると、自分もあまり普段から人と話していないことを今さらながらに感じる。話しているつもりで、そう頭の中で考えているだけなのだろう。
 道化師が出てくる映画を以前見たことがあった。不思議な内容の映画で、登場人物にほとんど会話がなく、まるでパントマイムを見ているようだった。しかも、まわりに喧騒とした雰囲気などまったくなく、
――風が吹いていても、音がしないとこれほど穏やかに感じられるなんて信じられない――
 とまで考えさせられるほどだった。
 場所は明治時代の東京ではなかったか。しかも浅草、いわゆる「浅草十二階」と呼ばれる凌雲閣が華やかに感じられた。まわりはほとんど平屋の明治時代。当時にしてはひときわ高く聳えるビルはきっと今見たとしても爽快感を与えてくれるだろう。空を見上げれば赤みを帯びた青い空が広がっていそうで、不思議な感覚だった。
 雨が降りそうで降らないといった不思議な光景、凌雲閣の向こうに見える空が近いのか遠いのか、完全に遠近感が麻痺していて、それだけに立体感を感じさせるような空だった。
 浅草の街を眺め続けるビルに見つめられれば、どこにいても、何をしていてもお見通しのように思えてくる。映画で見たそんな光景を何度後から夢に見ただろうか。いや、本当に映画を見てから気になって夢を見るのだろうか? それまでにも見ていたような気がする。だからこそ夢に時系列が感じられないような気がした。
 浅草ばかりを夢に見た時機があった。だが、仁科が実際に浅草に足を踏み入れたのは、夢を見始めてからだいぶ経ってからのことだ。それまでは憧れはあっても、実感が湧かなかった。
 東京という街に憧れていたが、浅草は正直好きになれなかった。下町をあまりにも意識させるところが、都会のくせに嫌味だと思っていたからだ。だが凌雲閣を映画で見て、しかもその時代背景が明治時代、何となく憧れを抱いたのも無理のないことだろう。
 映画の光景を思い出しながら今の浅草を歩いていると、さすがに雰囲気が違った。しかしどこかからか道化師が出てきそうな不思議な雰囲気も漂っている。都会でありながら昔の空気を漂わせている京都などと雰囲気が似ているように感じた。歴史が好きな仁科は、京都、奈良などには何度も足を運んでいる。
「一回や二回行ったくらいでは分からないや」
 と友達に嘯いたことがあったが、それが本心なのだ。帰りの電車の中で居眠りをして、起きるとそこは自分の住む世界。何度居眠りをしたことだろう。不思議と眠たくなることに違和感を感じなかった。
 電車の中が睡魔を誘うことに、その時初めて気がついた。それまであまり寝ていなくとも電車の中で眠くなったりしたことなどなかったのに、どうしたことなのだろう。それだけ、現実と歴史の溝が深い証拠なのだ。
 そんな時に見る夢に出てくるのはいつも道化師だった。
 舗装もされていない道を歩いていて、砂埃が上がっている。風があるのだろうか、カラッとしているのに、道化師は傘を差している。それこそ道化師の道化師たるゆえんなのだろうが、その不気味な顔に滑稽な仕草は悪ふざけのようにも思えた。
 平屋建てのまわりの塀から油のような匂いを感じる。夢だと思っているのに、どうして匂いを感じるか不思議ではあるが、どうしても夢だとしか思えないのは、いつも同じ夢を見ては、起きてから忘れてしまうからだ。
 夢から覚める瞬間が分かる時というのは、得てして忘れていくのを感じるものだ。
――起きたら夢を見ていたことさえ覚えていないんだろうな――
 と感じたことを思い出すのは、次に同じ夢を見た時なのだというのも、皮肉なものだ。
 道化師が自分の後ろをついてくる。最初は気付かなかったが、気付いた時はまだ後ろの方にいる。なるべく早くその場所を通り抜けたいと思って急ぐのだが、気がついた時にはすぐ後ろに道化師がいる。気付く前は、
――一体いつの間に追いついたんだろう――
 と思うほど気配を感じなかったが、一旦後ろにいるのを感じると、息遣いから体温まで感じずにはいられなかった。
 夢の中でも彼らは三人だった。
 一人は明らかに女性。そしてそのすべての道化師の動作の隅々まで自分が知っているように思えてならない。夢の中では特にそう感じるのだった。
 見世物小屋の裏で初めて見た道化師、彼がその中に混ざっているのは間違いない。
――いかにも道化師らしい道化師――
 最初に感じたイメージだった。そしてそれはずっと変わっていない。それだけに後の二人はぎこちなく、三人いるのだということを容易に仁科に感じさせた。
 道化師の夢を見ている時に感じるのは、自分もその中に入りたい衝動に駆られることだった。
――道化師の格好をしていれば、自分ではなくなれるんだ――
 別に他人になりたいという気持ちを持ったことのない仁科には、その気持ちが理解できなかった。
作品名:短編集33(過去作品) 作家名:森本晃次