WHO ARE ROBOT?
――今考えていることだって、一瞬にして過去になる。時間が絶え間なく進んでいるということを、まるで人間の心臓が止まらないことが当然であると思っているのと同じくらいに感じられる。本当に時間は絶え間なく進んでいるのだろうか?
オカルトなのか、SFなのか、島田は凍り付いた時間の中で、そんなことを考えていた。
毎日を情報処理に追われて過ごしている。それは時間に追われているのと同じだった。――果たしてそれが幸せな生活だと言えるのだろうか?
島田は、そんな疑問を感じたことはなかった。
ふと感じてしまったこの疑問。こんなことを感じる人を軽蔑もしていたはずだった。
その時に思い出したのが、大学時代の情報処理を専攻していることに疑問を持っていた教授だった。相変わらず顔を思い出すことはできなかったが、
――今の俺って、あの時の教授と同じことを考えているのか?
と感じた。
ということは、あの時の教授が見えていたものは、他の誰にも見えていなかった世界で、ひょっとすると、凍りついた世界、つまり時間が止まってしまった世界を自分の中で創造していたのかも知れない。
そう思うと、
――俺も他の人から、嫌な目で見られているのかも知れないな――
と感じたが、不思議と嫌な気分はしなかった。
島田は、大学時代の教授の顔を思い出せないまでも、思い出せる雰囲気はロボット工学の教授に似ていた。
――ひょっとして、教授と言われる生物は、俺なんかから見ると、皆同じようにしか見えないのかも知れない――
と感じるようになった。
島田はなぜかその時、宇宙空間を想像していた。
空を見上げれば、無数の星が天体を彩っている。もちろん、田舎でしか見ることのできない光景だが、プラネタリウムのような機械を使えば、イメージであっても、捉えることができる。
地球という星は、宇宙空間ではあるのかないのか分からないほど小さなものだ。そんな地球から見てすべての星が、天体に見えているというのは、おかしな感覚だ。
それぞれの星は、光の速度であっても、何万年という時間を掛けなければいけないところなのだ。
もっと言えば、今見えている星の光は、自分が生まれるずーっと前に光ったものであって、今も実在しているのかどうか分からない。しかも、隣に煌めいている星だって、地球から見て同じ距離だと言えない。まったく違う距離の星の光が、偶然今、空に煌めいているのだ。だから、同じ光でも、かたや三万年前のものであり、かたや五千年前のものなのかも知れない。この間は気が遠くなりそうなほどの時間が掛かっているのであるが、見えている自分たちにはその意識はまったくない。何とも不思議な感覚であろう。
つまり、人間は見えているもの以外、信じないのであり、信じようとしない。この当然と言えば当然の理屈でも、人に話すと対して感動されることはないだろう。むしろ、
「余計なことを言って、夢を壊すなよ」
と言われるのがオチであった。
島田は、宇宙のことを考えていると、目の前にいる教授とは本当は相当な距離があるに違いないと思いながら、実は天体の中では、同じ位置に属しているのかも知れないと感じた。
実際はどうであれ、見えているものを本物だと思う人間という生き物には、それだけで十分だ。その時の島田は自分を他人事のように見ることに徹した。
――普段から他人事のように見ているはずなのに、あらたまって他人事に徹するというのはおかしなものだ――
と心の中でおかしくてたまらなかった。
そこまで考えていると、その瞬間の時間が動き始めた。
まわりは何事もなかったかのように過ごしている。島田も凍り付いた世界が夢だったかのように思えたが、そう思いたくない自分がいるのも事実だった。
――俺は一人でいるのが好きなので、その思いが教授を見たことで成就したのかも知れないな――
と感じたが、その次に何を考えていいのか、頭が整理できるわけではなかった。
その時の教授がロボット工学の教授であるということを聞いたのは、それからしばらくしてからのことだった。そして、その時島田は会社の社長室に呼ばれた、こんなことは初めてだった。
「島田です。入ります」
と言って、緊張しながら扉をノックした。
島田は自分の将来が分かっていたはずなのに、その時社長から呼ばれたことが何を意味しているのか、想像がつかなかった。
――いったい何なんだろう?
悪いことではないという思いと、扉の向こうにもう一人誰かがいるような気がしているのだけは分かっていた。
果たして扉を開けて、中に入ると、ソファーに座っている人の後ろ姿が見えたが、その時に感じたのは、
――大学の時の、転勤していった情報処理に疑問を感じていたあの教授?
という思いだった。
顔は思い出せないが、後ろ姿を見て、一瞬そう思った。だが、大学時代も教授の後ろ姿など見たことがなかったはずなのに、どうしてそう思ったのか、今でも不思議である。
「やあ、君に紹介しておこう」
と言って、社長はその人を紹介してくれた。
「彼はK大学でロボット工学を研究している坂崎教授だ」
と言って紹介された坂崎教授は、後ろを振り返り、
「私が坂崎です。よろしく」
と言って、握手を求めてきた。
この様子は、本当であれば相手の方が完全に上から目線であるということを意識させるものであるにも関わらず、あくまでも低姿勢を貫いている状況に、
――営業と変わらない――
と感じ、少し残念な気分にさせられたことで、不服な気分になった自分の気持ちを押し殺すことなく、教授に向けていた。
それは、挑戦的にも見えたであろうが、なぜかまわりには失礼に見えているような気がしなかった。むしろ、教授としては、島田のそんな表情を最初から予想していて、その予想が的中したことを喜んでいるかのようにも見えるくらいだった。
「実は、坂崎教授が君のことをほしいというんだよ」
といきなりの社長の言葉だった。
「えっ?」
いくらなんでもあり得ない申し出に、本能的に感嘆詞を口にしてしまった島田だった。
「それはそうだろうね。君にとってはまさに青天の霹靂。いきなりすぎて混乱してしまうよね」
と、社長は恐縮していた。
しかし、島田が感じたのはそんなことではない。
――なぜ、そのことを俺が予感できなかったんだ? 俺は将来のことが分かるはずではなかったのか? しかも重要なことであればあるほど、的中率が高かったはずなのに――
ということだった。
――ということは、この申し出は俺にとって、それほど重要ではないということなのだろうか?
確かに人生の分岐点ではあるし、ロボット工学などまったく考えたこともない学問で、しかも、いきなり何も知らずに行って、大丈夫なのかという不安が最初に来るだろう。
もちろん、そんなことは教授も社長も分かっていることだろう。少なくとも社長の性格からすれば、社員をいくら教授から頼まれたとはいえ、苦労しかないと思えるところへいきなり飛びこませることはないはずだ。
――それなのに――
と感じる。
作品名:WHO ARE ROBOT? 作家名:森本晃次