WHO ARE ROBOT?
だが、そんな時ほど相手のことを考えて自分から話題を何とか捻出して話をしようとするのが真田だった。それは真田のいいところであり、真田のことを知っている人は口を揃えてそこだけは褒めることだろう。
何を話していいのか分からないと言っても、話題がないわけではないので、会話を始めれば、相手が乗ってくるような話ができるのは、きっと真田が普段から本や雑誌を読んでいるからだろう。本当はこんな時のために本を読んでいるわけではなく、ただの暇つぶしに近かったのだが、何が幸いするか分からないという意味で、真田にはいい方に影響したのだろう。
喫茶店でいつものように真田が話題を振ることで、会話が盛り上がってきたところで、ふと真田が口走った言葉、
「僕は自分が納得できないことは、あまりしたくないんだよ」
という一言を聞いて、一瞬早苗は考えてしまった。
「あっ、それ、私も一緒」
と、すぐに答えようかと思ったのを、何とか喉の手前くらいで抑えることができたのだが、どうして、言葉を飲み込んだのか、すぐにはその理由が分からなかった。
彼の一言は、それまでいろいろな面において、自分とは違うところの多い真田を発見しては、新鮮な気分になっていたが、それはあくまでも自分と違う部分に感動しているだけだった。本当であれば、自分と合うところを発見することで、相手に近づいたようになれるのが本当ではないかと思ったからだ。それが相手を感じることであり、先に進むためには必要不可欠なものだと思っていた。
もちろん、すべてにおいて自分とは違う性格だとは最初から思っていない。もし、そんな相手であるなら、付き合おうなどと思ったりしないはずだ。それは真田も同じことであり、たぶん、他のカップルにしても同じなのではないだろうか。
それなのに、すぐに共感できなかったのは、彼の言葉があまりにもさりげなかったからだ。
早苗は今では自分の中で当たり前のことだと思っている自分を納得させなければ気が済まない性格なのだが、最初はそれを自分で納得するまでに時間が掛かった。それこそ、
――中の中を見るのは難しい――
という感覚に違いものがあったのだ。
それでも、考えたのは一瞬であって、自分が思っていたよりも沈黙は長くはなかった。その証拠に彼もその間に沈黙があったという意識もなかったようだし、ただ、それも彼が口走った内容で、早苗が固まってしまったことに対して自分の中でいろいろな葛藤を見ていたのかも知れない。そう思うと真田という男も、
――他の人と変わらない普通の男性なんだ――
と感じた。
早苗が他の普通の男性を知っているわけでもないのにそう感じたのは、真田という男性を、
――この人は他の男性とは違うんだ――
と感じていたからだった。
真田の口から出てくる話の中で興味深いのはロボットの話だった。
元々は、彼も心理学に造詣が深いということだけが共通点のように思っていた。興味深いものが同じだというだけで性格的なものの一致は考えられなかったが、彼が何を考えているのかを想像しているだけで、どこかウキウキした気持ちになることがあった。そんな時に彼が時々自分を見つめるその表情に、ドキッとしてしまった早苗は、
――これを恋っていうのかしら?
と感じていたのだった。
早苗と真田と千尋、この三人はそれぞれ性格も違っていて、それぞれの利害関係もハッキリしている。しかし、大学時代の三人は、それでも問題なくやっていた。きっと、それぞれの性格が相手の性格を牽制し、お互いに抑えてきたことで、均衡が守られていたのだ。
それが三人の大学時代であり、ここに今特筆すべきものはない。後で振り返ることもあるかも知れないが、その時が来るまで、三人の関係は均衡のとれたものであることを知っているのは、第三者では誰もいなかったに違いない。
ロボット研究員
三人は卒業すると、早苗は地元大手の百貨店に入社、千尋は親戚の経営しているホテルに就職した。二人とも自分のやりたかったことではないと言っていたが、本当にやりたかったことが何なのか、大学四年間で決められなかったので、就職できただけでもよかったとして、納得していた。
真田はというと、大学の研究室に残り、ロボット工学の研究をしていた。この世界の大学では、入学した時に専攻しようと思っていたことでも、途中で専攻を変えて、一定の試験に合格することで進路を変えることができる制度ができていた。
大学四年間で自分のやりたいことを決めることができなかった人もいれば、早々と決めることができて、そこに向かって進んでいる人もいた。
大学というところはそのとちらかに進路は決まるのだが、それでも四年間で自分のやりたいことを決めきれなかった人の方が圧倒的に多い。真田のような学生はレアだと言ってもいいだろう。
それだけに、真田はロボット工学の研究者からも信用されている。
途中で進路を変えた人を見て、元々から決めていた進路を進んでいる人から見れば、
「なんだあいつ、途中から入ってきやがって」
と、まるでよそ者扱いされる風潮が考えられるが、大学生に限って言えば、そんなことはなかった。
よそ者扱いする連中というのは、彼らの立場は最初から確立されていて、別に自分の努力で手に入れたものでない人なのではないだろうか。
彼らには自分に自信がないのだ。
自分の力ではなく、他力で手に入れた立場や力であれば、他の人の手によって、簡単に崩されてしまう可能性があるから、よそ者意識が強い。
しかし、自分の力によって手に入れたものであれば、そこには揺らぐことのない自信が漲っている。それを考えると、大学というところは、甘い考えの連中が多いように見られるが、すべてにおいて自分の力がなければ手に入れることのできないものである。集団意識に目を塞がれてしまうと、せっかく自信を持って入学してきた大学で、持っていた自信を失い、まわりに怖さしかなくなってしまう人間になってしまう危険性もある。そういう意味では真田という男、それだけでも尊敬に値する男ではないだろうか。最初から進路を確立させて入ってきた自信に満ち溢れた連中には、そんな真田の性格も考え方も見えているに違いない。ライバルとして見てはいるが、おかしな嫉妬や偏見など、そこには存在しない。
「真田さんの研究レポート、読ませていただきました。私の意見とは少し違っているようでしたので、少し参考にさせていただきますね」
と、他の研究員の言葉からはさりげない言葉であっても、相手に対しての思いやりや配慮がしっかりと含まれている。
それは彼らの無意識な言動であって、だからこそ、
――さりげない――
という表現になるのだ。
この頃になると、ロボット開発はほぼ軌道に乗っており、実際に検証結果では、
「実用性に問題はない」
という結論と、いくつかの研究所で発表していた。
真田の勤務するK大学の研究所でも、今度同じように実用性についての研究を発表する予定になっていた。
真田が研究している部分は、ロボット本体というよりも、ロボットの中に嵌め込む大切なパーツである、
――人工知能――
であった。
こここそ、
作品名:WHO ARE ROBOT? 作家名:森本晃次