第七章 星影の境界線で
緩く結い上げた髪からは、襟元までの長めの後れ毛が流れ出て、柔らかく波打っていた。開いた胸元はストールで上品に覆っているものの、溢れる色香は隠しきれていない。
若くはないが、嫋(たお)やかで妖艶なる美女。
けれど、門衛たちは彼女に色目を使うことはなかった。姿を見た瞬間、極限まで背筋を伸ばし、こちらから迎え出ては最敬礼を取り、すぐさま屋敷内に案内する。――鷹刀一族総帥、イーレオのもとへ。
朝の早いイーレオでさえ、やや寝ぼけ眼の時間である。
しかし、総帥である彼が叩き起こされても、決して怒ることはなかった。
「どうしたんですか、シャオリエ」
彼が唯一、敬語を使う相手。繁華街の娼館の女主人、シャオリエ――。
「お前、シャツのボタンが段違いよ」
「急いでいたんだから、大目に見てください」
口を尖らすイーレオを、シャオリエが「子供みたいに拗ねないの」とたしなめる。
マイペースな彼女が話を脱線させないよう、イーレオは語気を強めて「いったい、どうしたんですか?」と繰り返した。
「あの子――メイシアに関することよ」
シャオリエの言葉に、イーレオは眼鏡の奥の目に緊張を走らせ、姿勢を正した。
「何か情報を得られないかと、スーリンが厳月家の三男を呼び出したのよ。スーリンはあの男のお気に入りだからね、ほいほい来たわ」
「スーリンが……」
くるくるのポニーテールの可愛らしい少女娼婦。ルイフォンがシャオリエに引き取られていた間、何かと面倒を見てくれた娘である。
「三男が夜中に家を抜け出す際、当主に忠告されたそうよ。『もうすぐ、お前と藤咲の娘の婚約が発表される。しばらく女遊びは控えろ』とね」
「ああ、シャオリエ。厳月家は斑目の裏切りで、もう無関係に……」
「待ってよ。私もそのことは聞いていたけど、おかしいわ。三男は『これからしばらく君のところへ来られない』と、今この瞬間も嘆きながらスーリンに甘えているのよ? それなのに厳月家がもう無関係だなんて言えるの?」
シャオリエの声が白み始めた空に響く。
欠けた月は地平線へと向かいながら、朝日の影へと姿を溶かしていった。
〜 第七章 了 〜
作品名:第七章 星影の境界線で 作家名:NaN