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第七章 星影の境界線で

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「如何にも、ハオリュウらしいな」
 こんなときは不機嫌になるべきなのだろうか? そう思いながらも、ルイフォンは口元に笑みを浮かべていた。
 ハオリュウはメイシアの気持ちを尊重しつつ、ルイフォンの恋路を邪魔している。
 なのに、何故か心が躍る。尊敬すべき好敵手を前にしたときのような、気持ちのよい高揚感がある。
「メイシア。俺としては、できれば鷹刀とも藤咲家とも仲良くやっていきたい。でも、認めてもらえないなら絶縁されても構わない。そういうスタンス。――だから『駆け落ちしよう』じゃない」
 ルイフォンは、すっと立ち上がり、座ったままのメイシアを包み込むように抱きしめた。柔らかで温かな彼女の体が、びくりと震える。
「『嫁に来い』だ」
 言葉の意味は甘いけれど、メイシアの耳元に囁かれるテノールは冴え冴えと鋭い。猫のように光る瞳は、鮮やかなほどに好戦的だった。
「えっ!?」
 艶(つや)やかな前髪がルイフォンの鼻先をかすめ、メイシアの顔がぱっと上を向いた。目と目が、正面から合う。
「明日、お前の親父さんにちゃんと言う。ハオリュウにもだ。それから、俺の親父とも話をつける。皆に祝福されて、俺のもとに来い」
「ルイフォン……。嬉しい、凄く嬉しいと思う……! でも私……、ルイフォンのためにお茶ひとつ満足に淹れることができないの……!」
 メイシアは泣きながら、そんなことを言う。
 真剣に悩んでいるのは分かる。彼女にとってそれが大問題であるのも分かる。けれど、ルイフォンには些細なことで、彼女には悪いが、どうでもよいことだった。
「母さんが足が不自由だったから、俺はある程度の家事はできる。それに、必要なら人を雇えばいい。お前が実家でしていたような暮らしをしたければ、そうしてやる」
「……え?」
「お前にはまだ言ってなかったから知らないと思うけど、俺には一族の全員を養っていけるほどの財力がある」
「…………え?」
 メイシアの瞳が微妙な色合いになった。彼女は、ルイフォンのもうひとつの名前を思い出したのだ。〈猫(フェレース)〉というクラッカーの――。
「非合法な情報の売買だと思ったろ……。それもあるけど、それ以外もやっている」
 驚きに目を丸くするメイシアに、ルイフォンは得意気に目を細めた。
「株の自動取り引きって分かるか? 俺が作った独自のアルゴリズムで自動的に売買して儲けを出している。俺は一見、働いていないようで、ちゃんと稼いでいる。心配要らない」
 他にも、金になる技術は幾らも持っている。
 何しろ稼がなければ〈ベロ〉を始めとした機械類の電気代や保守費用を賄えないのだ。いくら鷹刀一族が凶賊(ダリジィン)でも、無尽蔵に金があるわけではない。〈ベロ〉だって自分の食い扶持は自分で稼ぐのだ。
「でも! それじゃ、私はルイフォンにお世話になるだけで、何も……」
 勢い良く反論したメイシアだったが、言葉の終わりになるにつれ、何もできない自分を再認識するだけのことに気づき、力なく声が沈む。そんな彼女に、ルイフォンは優しく笑いかけた。
「俺は、自分のことを『計算のできる奴』だと思っている。そして、貴族(シャトーア)のお前を手に入れようなんてのは馬鹿げたことだと、ちゃんと分かっている」
「……」
「お前を見て綺麗だな、と思う。美しいものは見ていて心地いいからな。お前に対して、最初はそんな、ただの好奇心だった。けどな――」
 ルイフォンはそう言いながら、野生の獣のような鋭い眼差しでメイシアを捕らえた。
「俺が欲しいと思ったのは、お前の魂だ。純粋で、まっすぐで、強い。俺は何度も救われた。――お前がいいんだ。どんな計算をしても、俺の答えはお前だ」
「ルイフォン……」
「これからの具体的なことは、周りと話をつけなきゃ決まらないだろう。けど、約束してくれないか。どんな形であれ、俺のそばに居る、と」
「はい。私こそ……!」
 涙の筋の残る白い顔が薄紅に色づき、花のようにほころんだ。その花の香に誘われるように、ルイフォンはそっと口づける。途端、花の色が赤く変わった。
 初々しいメイシアに微笑しながら、ルイフォンは椅子に戻ってティーカップの中身を一気にあおった。「あっ」と声を上げる彼女は、やはり可愛らしい。
「もっと、いろいろ愛(め)でたいところだが、報告書をまとめないといけないんでな」
「え、あ。す、すみません。私、ルイフォンの邪魔を……!」
 慌てて席を立ったメイシアの腕を、ルイフォンはぐいっと掴んだ。突然のことに、メイシアは声もなく驚き、黒曜石の瞳を丸くする。
「もう少し、居てくれ」
 衝(つ)いて出た言葉は、祈りに似ていた。
「――報告をまとめながら話すからさ、斑目の別荘でのことを聞いてくれないか。……あ、ごめん、眠いか」
「いえ、聞かせて下さい!」
 再び、かしこまった態度になってしまったメイシアに、ルイフォンは苦笑する。
 ――だが、椅子から彼女を仰ぎ見て、はっとした。
 彼女の眼差しは、優しく、温かく、力強く……。彼に力を与えてくれる、戦乙女のそれであった。
「あまり、いい話じゃない。……そばに居たら、お前も巻き込むのかもしれない。ごめんな。けど――」
 彼の心は彼女に守られている。
 ならば彼は、彼女の心も体も、全力で守るのみだ。
 姿の見えない敵に無言で宣戦布告して、ルイフォンはメイシアに宣言する。
「――この先、俺はお前なしの生活なんて考えられないから」
「ル、ルイフォン……!」
 あまりに強烈な文句に、メイシアは飛び出しそうになる心臓を抑えた。耳まで真っ赤にしてうつむき、小さな声で「ありがとうございます」と呟く。
 そんな狼狽ぶりも可愛らしく、ルイフォンの心を和ませた。だが、下を向かれたままでは困るので、彼はいつもの調子に戻して他愛のない言葉を続けた。
「あとで俺が出掛けている間の、お前のことも聞きたいな。特に、お前とハオリュウが何を話したのか、とか」
 やや年齢が離れた異母姉弟なのに、メイシアとハオリュウは仲が良い。秘密にしていたわけではないが、いつの間にか告白のことも伝わっていて……少しばかり妬ける。
 メイシアの話を聞きたいと言ったのは、ただの興味本位からだった。
 しかしルイフォンは、メイシアの顔に影が走るのを見逃さなかった。
「メイシア……?」
「あ……、すみません」
「謝るなよ。それより、何かあるんだろ? 言ってみろ」
 どうせまた些細なことだろう。けれど不安の種があるのなら、芽を出さないうちに取り除いてやりたいと思う。
 ルイフォンのそんな思いが伝わったのか、ためらっていたメイシアが硬い声で「根拠のない、ただの予感なんです」と前置きした。
「ハオリュウと話していて気になったんです。プライドの高い貴族(シャトーア)の厳月が、このまま何もしないなんて、あり得るだろうか、って」
「厳月――?」
「はい。――だから、ふと思ったんです。厳月は、まだ斑目と縁を切っていないんじゃないか、って……」


 長い長い夜が終わりを告げようとしているころ、ひとりの女が鷹刀一族の門前で車を降りた。
作品名:第七章 星影の境界線で 作家名:NaN