小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

第七章 星影の境界線で

INDEX|16ページ/42ページ|

次のページ前のページ
 

「そいつは命を惜しまなかった。――それは中身が『あんた』で、だけど、そいつが死んだところで、本物の『あんた』は、なんの痛みも感じないからだろう?」
 シュアンは再び、巨漢を見る。苦しみ抜いた彼の目尻からは、場違いに澄んだ涙が落ちていた。
「……『あんた』は安全なところから、そいつや先輩を動かしているんだ」
 姑息で卑劣――シュアンが最も忌み嫌うもの。
 彼が三白眼で鋭く睨みをきかせると、ローヤンは、にやりと嗤った。そのおぞましさに、肌が粟立つ。
 ローヤンはシュアンには何も答えず、後ろのミンウェイにうっとりと語りかけた。
「ミンウェイ、私の〈ベラドンナ〉。迎えに来たよ」
「…………本当なの……?」
 消え入りそうな細い声。
 シュアンが振り返ると、蒼白な顔をしたミンウェイが唇をわななかせていた。
「お父様は、生きて……?」
「勿論、生きているよ」
 蕩(とろ)けるような甘い声で、ローヤンが答える。
「ずっと、君に逢いたかった。私の愛する〈ベラドンナ〉。これでやっと――君をまた私のものにできる」
 刹那、シュアンの思考が固まった。
 シュアンの視界に映るのは、拘束された三十路過ぎの男に、言葉をかすらせる妙齢の美女――。
 この光景を物語にするのなら、罪人であるがため、長く恋人に逢えなかった男が、積年の想いを告白している、そんな甘美な恋愛譚。
 だが、男の中身は、彼女の父親なのだ。
 今、奴はなんと言った? 君をまた私のものにできる――?
 徐々にその意味を理解するにつれ、シュアンは吐き気がこみ上げてきた。
 気が狂っている。
 確かイーレオはこう言った。『男手ひとつで育ててきた』と。この異常なまでの溺愛の中で育てられたということは、すなわち――。
 ミンウェイは震えていた。否、脅えていた。
「さぁ、一緒に行こう」
「い、嫌……」
 ミンウェイが喰い殺す側の人間などというのは、嘘だ。彼女は、ずっと親に喰われ続けていたのだ。
 シュアンは拳を握りしめた。
「どうしたんだい? 君は、ずっと私を慕ってくれていただろう?」
「お父様……」
「……思った通りだ。ミンウェイ、君は私と離れている間に、随分と鷹刀イーレオに毒されてしまったみたいだね」
 ローヤンは憂い顔になり、深い溜め息をついた。
「仕方ないから、君をさらっていこう」
「え……?」
 狼狽するミンウェイをよそにローヤンは視線を移し、シュアンに向かって、にやりと嗤った。
「そこの警察隊員。私の拘束を解きなさい」
「あんた、何を言って……!」
 言い返そうとしたシュアンを、ローヤンの声が素早く遮る。
「この体は、あなたの大切な先輩のものなんでしょう?」
「な……!」
 ローヤンの顔は、醜く歪んでいた。ローヤン本人なら決してあり得ない狡猾な表情――。
「私の言う通りにしなければ、この体がどうなっても知りませんよ?」
 そこにいるのは、禍々しい悪魔だった。
 思い切り頭をはたかれたような衝撃が、シュアンを襲った。脳震盪を起こす手前のように、目の前がくらくらする。
 ふらつく足を踏ん張り、シュアンは平静を装う。
 焦ったら負けだ。――彼は、激昂に震える拳をゆっくりと開いた。
「確かに、その男は俺が世話になった先輩だ。けど、俺に説教しやがったんで、殴り飛ばして喧嘩別れしたのさ」
 いつもの軽い口調で、シュアンは言った。それに対しローヤンは、太く黒いベルトに四肢を捕らえられた姿で、小馬鹿にしたように嗤う。
「何を言っているんですか。捕虜の自白の場に立ち会っているのは、この男のためでしょう?」
「鷹刀とは裏取引がある。もともと用があった。ここに来たのは、そのついでだ」
 ローヤンは、どこか演技じみた様子で、溜め息をついた。
「強がりを言うものではありませんよ。あなたにとっては、これが唯一のチャンスなのですから」
 目を細め、思わせぶりにゆっくりと言を継ぐ。そっと囁くような声は、わずかに下げられていた。
「使った体は、役目を終えたら片付けるものなんですよ。この体も、そろそろ潮時と思っていたところでした。……けれど、あなたが私に従うというのなら、始末するのはやめましょう」
 薄ら笑いを浮かべながら、ローヤンが愉しげにシュアンを見上げた。人を追い詰め、陥れる。それは、まさに悪魔の所業だった。
「……俺に、あんたの駒になれと? ふざけるな。俺に命令できるのは俺だけだ」
 甘言に耳を貸してはならない。どうせ、どこかに落とし穴がある。シュアンは神経を研ぎ澄ませ、必死に思考を巡らせる。この場を、どう対処すべきか――。
 シュアンの斬りつけるような三白眼に、ローヤンはくすりと嗤った。
「それでは、この体は始末します」


作品名:第七章 星影の境界線で 作家名:NaN