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短編集32(過去作品)

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 以前ここに来た時にはまだ沖縄に行こうなどと、考えてもいなかった。初めて考えたとすれば、ここでマスターに沖縄民謡を聴かされたのが原因だったと言えなくもないのも皮肉なことだった。
「そうなんですか」
 そういうと少し黙ってしまった。そしてしばらくしてゆっくりと顔を上げると、おもむろに門倉を見上げながら、
「あなたのような方と出会っていればよかったのに……」
 と呟いたのだ。声は小さく消え入りそうだったが、それでもハッキリと聞こえたのは、言葉の重みを噛み締めるように純子が語ったからに違いない。
 何となく想像はついた。
 見た目はおとなしそうに見えるが、それは薄化粧をしているからで、化粧をすればそれなりに「イケてる女性」を演じることができる顔立ちに思う。プロポーションも抜群で、華やかな化粧を施せば男が放っておくわけもなさそうだ。
 きっと彼女は沖縄に若い娘が抱くイメージを持って遊びに行ったに違いない。それなりにロマンスを思い浮かべていたであろうし、アバンチュールを密かに期待していたかも知れない。
 いろいろな男が彼女のまわりに寄ってきたのだろう。これだけ男好きのする雰囲気のある彼女だが、身持ちは固そうに見える。もちろん見かけでの判断は禁物なのかも知れないが、そう簡単にはバカな男に引っかかることはなさそうだ。
 彼女を見ていると自信家に見えてくる。それほどでもないと言いながら顔に余裕がみなぎっているように思える。逆に下手な男が近づけない雰囲気だ。
 門倉は、そんな女性があまり好きではない。自信に満ち溢れていながら、何も知らないような「カマトトぶった顔」をしている女性は、最初から信用していない。話くらいは聞いてあげてもいいと思うが、心を許すことは決してない。
――だが、どうしてだろう?
 純子に対してそんなイメージなど、最初はまったくなかった。女性を見て第一印象から次第にイメージが変わっていくなど今までにはなかったことだった。
 とはいえ、もし門倉が沖縄に行った時に、女性目的であったとしても、自分はモテる方ではないと自覚しているので、きっとそんな男に引っかかる女性もいないだろう。表情を見ているだけで女性なら分かるはずだ。
 しかしそれでも門倉は嬉しかった。
「あなたのような方と出会っていればよかったのに……」
 この言葉が本心だと思えるからだ。彼女が心から言っているとすれば、それだけ彼女を苦しめる何かがあったということだろう。
 最初から一貫して一人でいるのが似合っているような女性が、門倉は一番気になるのだ。それが純子であった。
――自分と同じようなところがある女性――
 と純子に感じたのである。
 それにしても、よく最初に誘った時に、躊躇うこともなく着いてきたものである。喫茶店に入ってからの純子は、なかなか門倉の方から話しかけられる雰囲気ではなかった。純子の方から話しかけてくれることがなければ会話にならないのだ。
 しばし沈黙が続いたが、その沈黙を破ったのはマスターだった。ちょうど店内には客は他におらず、マスターも退屈していたのではないだろうか?
 だが、退屈していただけではあるまい、客商売を生業としているマスターにこの場の雰囲気が読めないわけもないはずだ。重くなった空気を少しでも軽くしようという気持ちがあったに違いない。
「なかなかお似合いのカップルですね」
「いえ、さっき知り合ったばかりなんですのよ」
 純子はすかさず答えた。本当は照れ隠しもあってか、間髪いれずに答えたかった門倉は出鼻をくじかれた形になってしまった。それこそ本当に苦笑いをするしかなかったのである。
「そんな風には見えませんよ。以前からずっと知り合いだったように見えます」
 思わず純子の顔を見ると、彼女も門倉を見つめている。門倉はその表情を見て、本当に以前から知り合いだったように思えてきた。彼女も同じ気持ちであってほしいと願うばかりである。
「そういえば……」
 純子が呟いた。
「そういえば?」
「ええ、そういえば、前から知り合いだったような気がするのは確かなんですが、それは現実の世界ではないような気がするんです」
 するとマスターが口を挟んだ。
「夢の中で何度か会っているような?」
「ええ、そうなんです。以前からずっと知り合いだったように見えるって言われて、初めてピンと来たんですけどね」
 マスターがいなければ、彼女の言いたいことが分かるように思えるのは、やはり門倉自身、ずっと以前から知り合いだったように思えるからだろう。
「夢で会っていた?」
 門倉にとって夢で会っていたにしては、リアルな感じがしてならない。そう感じるのはもし夢の中で会っていたとしても、かなり頻繁だったからに違いない。
 夢というのはいろいろなイメージがある。
――潜在意識が見せるものだ――
 というイメージが一番強い。
 だが、夢というと自分の目標を先に掲げていつも見ている現実的な気持ちだったり、つかみ所のない気持ちの一部を「夢」という言葉でごまかしたりするものだと思っていた。
 また夢には、異次元的なイメージも付きまとっている。
 時系列や距離的なものすべてを超越している感覚、それは寝ていて見る夢も、起きている時に見る夢に対しても言えることのように思う。起きている時に見る夢の方がリアルであるが、信じがたいものでもある。果たして夢という言葉で片付けられるものなのだろうか?
 現実の世界で見る夢は、自分にとってハッキリとした目標があってこそ見れるものだ。いつも見ていたいと思うもので、普段の生活の中で心の支えになるのである。
「あなたの夢って何ですか?」
 唐突に純子が聞いてくる。まさに夢というものを頭に描いていたその時だっただけに、ビックリしてしまった。最初に浮かんだのが寝ていて見る夢だったにもかかわらず、現実の世界での夢についての話になっている。まるで門倉は、心を読まれているような気になってしまった。
「夢ですか。そうですね、これといって……」
 頭で思い浮かべる夢といえば、学生時代に考えていた教師になる夢くらいだろうか。今となってはどうにもならない夢で、なぜ教師になろうと思ったのかさえ忘れていた。だが、純子を見ていると、どうして教師になろうと思ったかという疑問が解凍されていくのを感じていた。
 純子の目をマジマジと見ていると、今さらながらと思うような夢でも恥ずかしくない。きっと教師になろうと思った原因を彼女によって思い出すことができたからである。
「実は教師になろうと思っていたことはありましたね。今ではとても無理なことですが……」
 なぜ教師を諦めたのか、それは自分の性格にある。自分は表に出る性格だと思っている。「縁の下の力持ち」などという言葉は自分には似合わない。目立つことが自分を高め、それが世の中のためになるのだと思っているのだ。目立たなければ自分を表現できないというのは悲しいことかも知れないが、それで自分を最大限に表現できれば、それが一番いいことだと思っている。そんな彼から見て、教師という仕事が果たして自分に合っているかどうか、なくなることは決してなく膨れ上がる一方の不安を抱える結果になることは目に見えていた。
作品名:短編集32(過去作品) 作家名:森本晃次