タイトルは終わってから考えます
ボクはといえばシンガーソングライターだ。
業界の端っこで辛うじて食いつないでいる。
コアなファンがボクの名前を知っていることはあったとしても、街中でサインをねだられるようなことは絶対にない。
バンド時代でも例えばビジュアルで売れたわけでもないし、今までにヒット曲は何曲か書いたけどすべて他人に提供したモノだ。
ボク自身が唱った歌なんかじゃないし、そういう意味でボクは歌舞伎の黒子も同然の存在だ。
でも、スタジオ入りしたときに知り合ったミュージシャンの中では不思議とウマが合ったヒトもいる。
数は決して多くはなかったけれど、彼はボクにとってはまったくそんな存在だった。
彼と最初に会ったときのことはよく覚えている。
ボクの書いた曲を演奏し、ヴォーカル録りの前のオケを作っている最中だった。
ドラムパートを担当する彼がベースの録音中にのそっと入ってきたんだった。
しみったれた茶色をした野球帽を被って、色あせた草色のTシャツを着たひょろりと痩せた彼は、無言で挨拶もないままドラムキットの前に座った。
しかもボクの前で彼が口を開いた最初の時には、『くああ』という腑抜けた音のあくびが伴った。
作品名:タイトルは終わってから考えます 作家名:匿川 名