タイムアップ・リベンジ
と思っていたが、実際には思い出そうという気持ちよりも、勝手に意識が若い頃に戻っているようで、そこにどんな力が働いているのか、俊治はその時、あまり分かっていなかった。
横顔を見ていると、その視線に気付いたのか、静香はブランコを漕ぐのをやめた。そして、ゆっくりと足を地面につけて、手は、しっかりとブランコのチェーンを握り締めている。
俊治も、ブランコを漕ぐのを止め、足でブレーキを掛けて止まった。うつむき加減で足元を見ていると、横の静香はそんな俊治をじっと見ていた。
「似ているわ」
「えっ?」
静香は、俊治を見ながら呟いたその言葉には、今までの静香にはない重たさが感じられた。
――一体誰に似ているというんだ?
俊治も、静香の横顔を見ながら、以前に知っていたはずの誰かに似ていると感じていた。それが誰なのか分からないまま、意識はしていたが、静香には悟られないようにしようと思っていた。
「私、お父さんを知らないの」
俊治には、静香が何を言い出すのか、想像もつかなくなっていた。言葉が続けて出てくるわけでもなく、その言葉は前の言葉とのつながりを感じさせない、脈絡のなさである。静香が今までほとんど何も話したくないと思っているのは、家族か彼氏のことだろうと思っていたからだ。
――お父さんを知らない――
というのは、想像がついたが、それを口にするなどということは、昨日静香と知り合ってからここまでのパターンから考えて、静香の口から出てくることではないと思えたのである。
――父親を知らない――
という言葉について考えてみた。
まず考えられるのは、父親が静香のまだ物心がつく前に死んでしまったということだ。それから後は母子家庭だったのか、それとも、母親が再婚して、新しい父親ができたのか分からない。むしろ、父親が死んだということよりも、そこから先の人生の方が大きな問題だったのかも知れない。
そしてもう一つ考えられるのは、静香の母親が、誰とも分からない男性の子供を産んだということだ。
もし、そうであれば、母親がいくつの時のことなのか分からないが、静香は養子に出されたということも考えられる。ただ、そうなると、母親からも引き離されたことになり、養子は考えにくい。そう思ってくると、やはり、父親が若くして死んだと考えるのが一番だろう。
だが、本当に死んだと言えるのだろうか? ひょっとすると、両親の離婚ということも十分に考えられる。
だが、俊治には、父親は死んでしまったという発想の方が強かった。もちろん、確証があったわけではないが、
――父親を知らない――
という言い方は、父親が死んだと考える方が自然に思えた。
――静香は、俺に父親を見ているのかも知れない――
父親なら、滅多なことはしないだろうという思いが、俊治に対しての警戒心をなくしたのかも知れない。
「静香ちゃんは、僕のことをどう思うんだい?」
静かに、
「お父さんみたいに思う」
と言ってほしかった。
しかし、しばらく考えた後、静香から言われた言葉は、
「私の知らない男性であってほしい」
という言葉だった。
遠まわしに考えれば、自分の知らない男性ということは、すなわち、父親だということになる。父親を知らないと言った言葉の含みは、この思いに繋がっているとも考えられるからだ。
しかし、俊治は別のことも考えていた。
――静香は父親を知らないと言った。つまり、知らない男性であってほしいというのは、本当の父親という意味ではなく、自分が想像している父親というイメージのことではないのだろうか?
そこまでは、理屈的にも合致するところがあるのだが、それは、
――自分の知らない男性――
というのが、父親だという発想に固まってしまっていることに疑問を感じないことを意識していないということだった。
最初に、父親を知らないと言ったのが、伏線だと思うのは、少し強引なのかも知れないが、もしその言葉に含みがあるとすれば、
――父親のことを知らないくせに、意識だけ持っている自分を救ってほしい――
という意味合いも考えられる。
だから、
「自分の知らない男性」
という言葉が出てきたのではないだろうか。
――待てよ――
俊治は、静香のことを考えながら、その発想は自分にも言えるのではないかと考えるようになっていた。
――俺の中にも、自分の知らない女性を求めている意識があるのかも知れない――
と感じた。
静香と出会ったのは偶然ではなく、お互いに似たようなイメージを頭に抱いていて、その抱いた相手が、俊治にとっては静香で、静香にとっては、俊治なのかも知れないと思うと、
――運命という言葉、信じてみてもいいのかも知れないな――
と感じた。
すると、今度は、静香に自分の気持ちを見透かされているような気がして仕方がなかった。それは自分にだけ言えることではなく、静香も同じように俊治を見ているのかも知れないと思った。
静香に対して、父親のことをそれ以上聞かなかった。その時、静香のそれ以上父親のことを話そうとはしなかった。
――やはり、何か含みがあって言葉にしたのかも知れないけど、でも、本当に父親のことを話したくないというのも、まんざらでもないんだろうな――
と、感じた。
「これから、一緒に暮らそうか?」
俊治は、どこにも行くところがないという静香と一緒に暮らそうと思った。本当なら、もっといろいろ聞くべきなのだろうが、聞けば聞くほど、
「一緒に暮らそう」
と言った言葉が色褪せてくるように感じた。
俊治は、建て前や一般常識と言われるような言葉は大嫌いだった。思ったことを口にしてしまう方だったが、無茶なことをすることはなかった。いきなり一緒に暮らそうと言ったのは、正直思いつきだったが、後悔はしなかった。実際に一緒に暮らし始めて後悔したことなどなかった。
相変わらず、静香は自分のことを話そうとはしない。どこから来て、どこに行こうとしたのか、俊治に出会うまで、どのような生活をしていたのか。考えればロクなことを考えない。考えないようにするしかなかったのだ。
俊治も静香とあまり変わりないように思えた。
友達がいるわけでも、彼女がいるわけでもない。毎日のように朝仕事に行って、夕方帰ってくる。テレビはつけていても、別に見入っているわけではない。内容も覚えていないし、意識もしていない。
気が付けば、眠くなっている。そろそろ寝る時間が近づいてきたのを、体内時計が教えてくれるだけだ。
それが、俊治の静香に会うまでの毎日だった。
――どこが変わった?
基本的には変わっていない。ただ、同居人として静香がいるというだけで、時々声を掛けることで、ちょっとした会話の時間がある。それ以外はお互いに自由な時間だった。
――異様な生活なんだろうか?
俊治は、別に異様だとは思っていない。ただ気になるのが、
――静香はこれでいいのか?
と思うことだった。
自分のことよりも静香のことを考えている自分が、今までと一番変わったところだと気が付いた俊治は、何となくくすぐったい気持ちになっていた。
作品名:タイムアップ・リベンジ 作家名:森本晃次