タイムアップ・リベンジ
――十八歳だと言われて静香を見つめたが、どうしても、十八歳には見えない。二十歳は過ぎていると思うのは、勝手な想像なだけだろうか――
それでも、二十歳を超えていると思って見ると、今度はあどけなさを感じてしまう。
――手を出してはいけない――
二十歳以上だと思うと、今度は背徳感を感じてしまう。何ともちぐはぐな感じがしてくるのだった。
もし、静香が二十歳以上だとするならば、どうしてそんなウソをついたのだろうか?
考えられることはただ一つ、襲われないようにするためであろう。
今まで静香が、どこでどのようにして暮らしてきたのか分からない。元々、どうして一人、行くところがないと言って、自分にすがってきたのか、その理由も分からない。
――未成年だと言えば、俺が襲わないとでも思ったのだろうか?
だとすれば、静香は俊治のことを危ないと思ったのだろう。
しかし、逆に襲うつもりであれば、相手が未成年であろうが、関係ないとは思わなかったのだろうか?
――相手が俺だからよかったものの――
と、改めて昨夜声を掛けてきた時の異様な雰囲気を思い出すと、少しおかしな気分になっていた。
それにしても、俊治はどうして彼女を泊める気になったのだろう?
ずっと一人で暮らしてきて、孤独には慣れていた。逆に誰かがこの部屋に来ることを嫌っているふしもあった。一気に部屋が狭くなったような気がして、自分の部屋なのに、何となく遠慮しなければいけないのは、肩身の狭い思いをしてしまうに違いない。
実際に、今朝目を覚ますまでは肩身が狭い感じがした。眠れなかったのもそのせいである。今日が休みで、朝方は眠りに就けたからよかったものの、
――厄介なものを拾ってきた――
としか思えなかった。
――静香に淫らな感覚や妖艶さを感じながら、肩身が狭い思いをするなんて、踏んだり蹴ったりだ――
最初から静香は、
――泊めてくれる人――
を探していただけなのだ。偶然通りかかった俊治に、白羽の矢が立っただけで、静香にとって泊めてくれる人であれば、誰でもよかったのだろう。
――ひょっとすると、身体の関係も覚悟の上なのかも知れないな――
だと考えると、年齢が十八歳と言っていたのも、なまじウソではないのかも知れない。
いろいろなことが頭を巡っていたが、次第にどうでもいいことのように思えてきた。朝起きて、台所に静香が立っている。まるで新婚生活のような甘い雰囲気が部屋に充満しているのは、まんざらでもない。
――こんな時間がずっと続いてくれればいいのに――
と、今までに味わったことのない、少しくすぐったいような感覚になっていた。
――もし、彼女が、このままここにいたいというのなら、いてくれてもいいのにな――
と、俊治は考えるようになっていた。
「食事したら、公園にでも散歩に行こうか?」
と、誘ってみると、
「いいですね。私、公園って好きなんですよ」
「どうしてなんだい?」
「私はブランコが好きで、何かを考える時、よくブランコに揺られていたんです」
「それで、考えが纏まるのかい?」
「どうなんでしょう? 纏まらない時もあるんですが、ただ揺られているだけで安心できるというか、今は纏まらなくても、いずれ纏まるような気がしてくるんですよ。そう思えるだけでも、時間の無駄ではないような気がしてきますよね」
「僕もブランコに乗るのは好きだったんだよ」
「どうしてなんですか?」
「子供の頃には、ブランコに揺られていると、まるで特撮テレビのヒーローになったような気分になれたんだよ。ずっと忘れていた感覚だったけど、でも、今から思えば、子供時代が楽しかったのは、そんな些細なことの積み重ねだったような気がしてくるんだ」
俊治は、子供の頃を思い出していた。
ブランコに揺られながら、まるで風を切っているかのような感覚に、なるほど、特撮ヒーローを思い浮かべていた自分が、まだまだ子供だったこと、今はそんなことを想像できなくなってしまった自分を少し寂しく思うことを感じていた。
かといって、子供に戻りたいとは思わない。どこかの時代に戻って、そこからやり直したいとも思わない。なぜなら、もしやり直しが利いたとしても、
――結局は同じ道をまた歩み始めるのではないか――
と思うからだった。
二人で一緒に公園のブランコに揺られていた。俊治が前に出ると、静香が後ろにいる。当然すぐに反対になるのだが、途中で交差する部分で、俊治は静香の横顔を見ていた。
――初めて会ったような気がしないな――
今までにも、前から知り合いだったような気がしていたのは、何人かいた気がしたが、その誰とも静香は雰囲気が違っていた。年齢差の大きさがその思いにさせる。前から知り合いだったというよりも、目の前にいる静香を見ていると、以前に知り合いだった誰かに似ていると思うからだった。
静香から、
「十八歳」
と言われて、すぐには信じられなかったのと同じ感覚である。
俊治は静香の年齢が十八歳だと聞いて、最初に思い起したのは、自分が十八歳の時のことである。まだ高校生だった俊治は、時々高校時代のことを思い出すことがあったが、それもフラッと思い出すのであって、意識して思い出すことはなかった。なぜなら、意識して思い出そうとした時というのは、まず自分が思い出したいと思っているところまで思い出すことは不可能だったからだ。
ただ、高校時代のことを思い出そうとすると、どうしても、その頃付き合っていた女の子を思い出してしまう。
――同情なんかで付き合ったわけじゃない――
と、最悪とも言える別れ方をした彼女のことを思い出し、自分にとって屈辱的なことを言われたのを、今でも忌々しく思っていた。
その時、俊治は同情などしているわけではなかったのに、相手の言葉に臆してしまい、
――そんなつもりはなかったのに、同情で付き合っていたんだ――
と思うことで、自分に負い目を感じ、そのため、自分が負け犬になってしまったと思った。すべてが、悪い方に進んでいて、責めなくてもいいのに、自分を責めたりした。
その娘のことは、印象もすでになく、頭の中から消えていたので、静香を見た時に、彼女とダブってしまったことはなかった。もし、ダブってしまっていたのなら、少しは忘れてしまった彼女のことを、もう少し思い出していたことだろう。しかし、出来事だけは思い出すことはできても、相手の印象や雰囲気を思い出すことはできない。つまりは、その時、彼女に対して感じたことも、思い出すことはできなくなっていたのだ。
十八歳の頃というよりも、二十歳を過ぎてからの自分の方が、なぜかもっと昔だったような気がする。高校時代と今とでは、明らかに壁があるほど遠い過去だと思っているのに、それ以上前に思える二十歳過ぎというのがどういう時代だったのか、俊治は思い出そうとしていた。
――静香と一緒にいれば、思い出せそうな気がするな――
ずっと一人でいて、四十五歳という年齢になってしまったことで、
――過去を思い出そうなどと思わないんだろうな――
作品名:タイムアップ・リベンジ 作家名:森本晃次