タイムアップ・リベンジ
そんな彼女だったが、俊治には愛おしく思えたのは間違いなかったはずだ。
付き合っている間、どんな会話をしたのか覚えていない。俊治も女性と付き合うのは初めてで、何をどうしていいのか分からないところがあった。相手も男性と付き合うのは初めてだったので、会話がなかなか続かない。
きっとまわりから見ていると、
「何やってるんだ」
と、じれったさを感じさせたことだろう。
「あの二人、時間の問題だぜ」
とも言われていたはずだ。客観的に二人を見れば、普通は時間の問題だという結論に落ち着くことは分かっていただろう。
その予想は見事に的中した。
実際に、俊治も最後の方では、
「時間の問題なのかも知れないな」
と感じていた。
そのうちに、彼女の方から、
「ちょっと話があるの」
と呼び出された。
こんなことは初めてだったので、
――一体、何を言われるのだろう?
と、正直ビビッていた。最初からビビッていたので、結果は目に見えていたのかも知れない。
「俊治は、私のことをどう思っているの?」
「どうって、愛おしいと思っているよ」
「だって、一緒にいる時、なかなか話をしてくれないじゃないの。私のことを考えてくれているのなら、会話の話題くらいあるはずだわ」
完全に、罵倒されていた。だが、最初に臆してしまったため、何も言えない。さらに彼女は俊治に追い打ちを掛ける。
「あなた、私に同情して付き合ってくれていたんじゃないの?」
そんな言葉が返ってくるなど、想像していなかった。
「えっ?」
と、思わず目を見開いて彼女を見たのも無理のないことだろう。
しかし、彼女は逆に取ったようだ。俊治の視線を、
――ズバリ指摘されて驚いているんだわ――
と感じた。本当はまったく逆なのにである。
その思いが最後まで修復できない状況を作ってしまった。その言葉に対して、俊治は言い訳ができなかった。
その時の俊治は相当な勢いで考えが頭を巡った。いろいろと考えていたのだが、すべてが見当違いのこと。相手と考え方が違っているのだから、当然である。
答えを示そうとしない俊治に対して彼女は、愛想をつかしたようだ。
「もういいわ。結局あなたは、そうやって自己満足していただけなのね。私のことなんかどうでもよかったのよ」
――ここまで相手を罵倒できるのなら、なぜ、一緒にいる時、少しでも何かを言ってくれなかったんだろう?
と思ったが、これも結局は他力本願。本当は自分がしなければいけなかったことを相手に指摘されて、ショックを受けているだけのことである。
本当なら、完膚なきまでに叩きのめされたと言えばいいのだろう。ただ、華々しく散ったわけではない。惨めな状態をそのまま放置することで、その場の苦痛から逃れただけのことだった。
完全に別れることになったが、俊治にショックは不思議と残らなかった。トラウマだけは残ってしまったが、それが、孤独に対して免疫ができたということなのかも知れない。
俊治はそれが最初の失恋だった。それからの俊治は付き合う機会がなかったわけではないがなかなか付き合うところまではいかなかった。就職してから合コンに誘われて一緒に行ったこともあった。そして、仲良くなった女性もいるにはいたが、最後に俊治の方が尻込みしてしまった。
――どうしてなんだろう?
ショックは残っていなかったはずなのに、前の彼女と別れたことが引っかかっているのは分かっている。トラウマになっているだろうことも分かっていたが、ショックがないだけに吹っ切れていると思っていたのだ。
ただ、実際に、
――付き合うかも知れない――
と感じた時、そこまで高めてきた思いが、急に冷めてしまうのだった。
冷めてしまったものをもう一度高めることは難しい。それは男なら分かることかも知れない。
「萎えたものを元気にさせるには、コツがいるのさ」
と言っていたやつがいたが、その気持ち、俊治には分かる気がした。ただ、そんなコツは別にいらない。卑猥な発想になるくらいなら、冷めた状態の方がいいと思ったのだろう。そう思うと、女性と仲良くなるにつれて、相手が淫らな発想になっていることに気付く瞬間があるのが分かる。その時に気が付くか気が付かないかは、その女性と長く付き合っていけるかどうかに大きく関わっているような気がした。
そのことは、男性にだけ言えることではない。女性にも言える。男性が淫らな気持ちを抱いた時、女性がどのように感じるか、そして、どのように受け入れるかによって、二人の相性と、それからの付き合いに大きな影を落とすことになるのかどうか、大きな問題となるだろう。それから二十五歳まで長かったのか短かったのか、その年にも、大きな失恋があったが、今すぐには思い出せるものではなかった。
俊治は、静香を見ていると、雰囲気は淫らに見えた。自分が若い頃であれば、なるべく近づきたくないと思うような相手だった。手を出してはいけないと思いながらも、気持ちを抑えることができなくなりそうで、そんな時に自分がどんな行動を取るのか分かっていない。
だが、静香と一晩一緒にいて、
――彼女となら、これからも一緒に暮らしていてもいいかも知れない――
と感じた。
彼女がもし二十歳を超えていれば、何ら問題はなかった。俊治は結婚しているわけではないのだから、不倫にもならない。年の差があるというだけのことである。
俊治はいざとなると、年の差を考えるかも知れないと感じていた。あるとすれば、コンプレックスだけだが、自分にはコンプレックスはないと思っているはずなのに、なぜ年の差を意識してしまうのか、俊治には分からなかった。
――朝ごはんを作ってくれたからかも知れないな――
表から見ていると、淫らさはまったく感じられない。しかし、俊治の想像では、逆に淫らになってくるのを感じる。本当は淫らな姿というのは、誰にでも見えているのかも知れないが、それを意識するには何らかのきっかけが必要なのかも知れない。そのきっかけが、爽やかな朝を迎えている時間を感じたからなのだ。
俊治は、静香の年齢を聞いた時、
「十八歳」
と答えた時の声を思い出していた。
あの時の声は、緊張しているのか、ハスキーだった。喉が渇いていたのは分かっていたので、その後に冷蔵庫からジュースを注いであげると、一気に飲み干したのを思い出した。
その時に感じたのは、あどけなさだった。
ただ、十八歳だと思って見てみると、その表情はあどけなさの中に落ち着きのようなものを感じた。その落ち着きが妖艶さだと感じたのは、朝になって、ご飯を作っている静香を見たからだった。
――こんなにも、雰囲気が変わってしまうなんて――
朝の静香は、自分の家の台所で朝ごはんを作っているかのように楽しそうだった。部屋が殺風景なので、どうしても限界があるが、この部屋がパッと明るくなったようで、今までの殺風景さが一瞬ウソのようになっていた。
ただ、それも少しの間のことで、すぐに殺風景さが戻ってきた。静香が悪いわけではない。俊治が自分の部屋を殺風景にしないと気が済まないのだ。
――どんなに明るくしても、限界がある――
静香を見ていて、
作品名:タイムアップ・リベンジ 作家名:森本晃次