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タイムアップ・リベンジ

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――もし、相手をオンナだと意識していたら、忘れてしまったりしただろうか?
 中年のおじさんになったとはいえ、まだまだ現役だと思っていた。確かに、ずっと一人だったことで、女性とセックスをしていない期間は結構長かった。
――愛のないセックス――
 であれば、時々はある。風俗に通うという手があるからだ。
 俊治は、風俗に通うことを悪いことだとは思っていない。最初はさすがに背徳感のようなものがあったが、それも仕方がないこと、我慢する方がいいのかどうか、俊治には分からなかったが、我慢しすぎると体調を崩しそうな気がしていた。
――精神的なものから体調を崩すと、長引きそうな気がする――
 根拠があるわけではないが、一人孤独でいるようになってから、俊治なりにいろいろ考えていた。そこから見つけた結論は他にもあるのだが、一つ一ついい悪いの判断をする気にはなれなかった。
――自分で見つけた結論なのだから、信じるしかない――
 そう思うようになっていた。
 一人孤独で暮らしていると、最初は寂しさで押し潰されそうだった。そこには先の見えない暗いトンネルが横たわっているだけにしか見えなかったからだ。それでも、慣れてくると、少しずつまわりが見えてくるように感じる。
――暗いところでも目が慣れてくると見えてくるようになるじゃないか――
 と思うのと同じことだった。
 ただ、一つ言えることは、
――暗闇で目が慣れてきたと言っても、見えるのは目の前のことだけ――
 ということであった。
 しかし、考えてみれば、孤独ではない人間がどれだけ自分の将来について見えているというのだろう。彼らにしても、しょせん目の前のことだけしか見えていないのではないか。特に家庭を持ってしまうと、自分のことを二の次にして、
――家族のために頑張ることだけが自分の人生だ――
 と思っている人もいるだろう。
 それはそれで悪いとは思わないが。、
――孤独とどこが違うというんだ――
 と感じる。
 要するに、孤独な人間も、孤独ではない人間も、
――いかに自分のことを大切に考えることができるか――
 ということに掛かっているのではないかと思うのだ。
 次第に目が覚めてくると、台所の方から音が聞こえてきた。何かが焼ける香ばしい匂いがしてきたかと思うと、お腹が空いていることを自覚するようになった。
「目が覚めましたか?」
 台所から静香の声が聞こえてきて、彼女が朝食を作ってくれているのが分かった。
「ごめんなさい。勝手に冷蔵庫開けて、朝食を作ったりして、でも、何かお礼がしたいという気持ちもあったので、せめて朝食だけでも作らせてください」
 と言ってくれた。気を遣ってくれているようで嬉しかった。
 一人になって最初の頃は自炊していたのだが、途中からしなくなった。仕事が忙しくなったというのが一番の理由だが、一度しなくなると、仕事が一段落ついたからと言って、もう一度自炊しようとは思わなかった。
 怠け癖がついたというよりも、悪い意味での生活のリズムができたと言った方がいいだろう。次第に台所に近づくこともなくなり、冷蔵庫には、電子レンジで調理できるような簡単なものしか入っていなかった。
 ただ、それも四十歳になるまでだった。
 四十歳になってから、急に思い立ったように、朝食を作ってみようと思い立ったのだ。
 前の日に、スーパーで買い出しをして、翌朝、台所に立った。もちろん、簡単なものしかできない。作ると言っても、スクランブルエッグに、ベーコンをちょっと焼く程度、サラダも、パックになっている一人前の野菜セットを買ってきていたので、大きな皿に盛りつけるだけだった。
 トースターでトーストを焼くのも久しぶりで、
「何分だったっけ?」
 と、手探り状態で時々開けて、焼け具合を確認しながらだったので、朝食ができるまで結構時間は掛かった。
 一番簡単だったのはコーヒーで、インスタントコーヒーと砂糖をカップに入れてお湯を入れてかき混ぜるだけだった。俊治はミルクが苦手だったので、砂糖だけしか入れなかった。
 コーヒーに関しては、時々入れていたので、苦になることはない。一番最後にコーヒーを入れて出来上がりなのだが、実際に掛かった時間よりも、経ってみれば、あっという間だった。
 その時感じたのは、カーテンから洩れてくる朝日が暖かさを運んでくるようで、スクランブルエッグの甘さと、ベーコンやトーストの香ばしさ。そして、ローストなコーヒーの香り。それぞれに暖かさを感じた。
 コーヒーの香りはいつも感じているくせに、その日の香りはいつもと違っていた。それが忘れられなくなったのか、朝食を次の日も作った。メニューは同じだったが、前の日に負けず劣らず、いい香りが暖かさを包み込むように、部屋に充満しているのが嬉しかったのだ。
 二日続けると、その日から朝食を作るのは日課になった。元々は作っていたので、違和感はない。しかも、朝食を作っていなかった時期が十年近くもあったはずなのに、数か月作っていなかったくらいの短い感覚しかなかった。
――朝の時間というのを、今まで無駄に使っていたんだな――
 と思うようになった。
 さすがに夕食に関しては、毎日作るということはない。たまに作る程度だったが、それでも作ろうと思った時は、前に買っておいた料理の本を見ながら、何にしようかを考えたりしたものだ。
 男やもめで、どうしても綺麗にはならないが、それでも、料理をするようになって、少しは部屋が片付いたような気がする。三十歳代の頃の部屋は散らかり放題で、スーパーやコンビニの袋が散乱していても気にもならなかった。一か所汚い場所を気にしなくなると、部屋全体が汚くても気にならなくなった。部屋の中で全体を見渡しているわけでもない。かといって、一点を集中して見ているわけでもない。目には入ってくるが、見ているわけではないのだ。
 四十歳になるまでの俊治は、万事がそうだった。
 全体を見ているわけでもなく、一か所を見ているわけでもない。気にしなければいけないところが気にならないのだ。
――ひょっとすると、仕事の面でもそんな性格が災いして、結構損をしていたりするんじゃないだろうか?
 と考えたりもした。
 俊治は、それまでに恋愛経験がなかったわけではない。大学時代に最初に好きになった女性と付き合うことができたのだが、うまく行くことはなく、別れることになった。何が原因なのか、その頃の俊治には分からなかった。しかし、それがトラウマとなって、「孤独」という言葉を、その時初めて意識した。
 それまでも、彼女ができないことに寂しさを感じていたが、
――きっとそのうちに彼女だってできるさ――
 という思いがあればこそ、寂しさが孤独にはつながらなかった。
 大学に入ってできた彼女は、他の人から決して人気がある女の子ではなかった。
「どこにでもいる大人しい女の子」
 つまりは、
「地味で内気な女の子」
 というレッテルが一番似合っている女の子だった。
 そういう意味では競争相手がいるわけでもない。逆に彼女の中にも、
――自分が男性から好かれるわけはない――
 という思いがあったのも事実のようだった。