タイムアップ・リベンジ
余計なことばかり考えていたので、今は余計なことを考えないようにしている。そのことは、
今までの自分があっという間に過ぎてしまったことをいかに納得させるかということであり、
「年を取ってくると、時間の経つのが早くなってくる」
という話が自分の中で一番納得のいく考えであることの証拠であったのだ。
「十八歳というと、高校生?」
本当は聞いてはいけないことだというのは、重々分かっているつもりだったが、俊治は敢えて聞いてみた。彼女のリアクションを確かめたいからで、それは一度でいいことだった。一度確かめれば、今後の静香の考えを態度から判断するのに、大きな助けになると思ったからである。
案の定、静香はすぐに答えようとはしなかった。それでも、
「言いたくなければ、言わなくてもいい」
とは言えない。
もし、そこで言わなくてもいいと言ってしまうと、敢えて聞いた意味がなくなってしまうからだ。
「いえ、高校は中退しました」
なるほど、言いたくないわけだ。
当然、俊治の頭の中には、その答えが返ってくることは想定内のことだった。むしろ、かなりの確率での回答だっただけに、
――やはり――
と、感情が答えている。ひょっとすると、表情にも出たのかも知れない。急に、静香の表情に怯えのようなものが走ったからだ。敢えて聞いたわりには相手に悟られてはいけないと思いながらも、いとも簡単に看破されてしまうとは、何とも情けない話である。
俊治は、静香の顔を今度は見上げるように、座っている静香よりもさらに低い体勢を取った。態度としてはぎこちないが、見下ろす静香の表情には、落ち着いたような雰囲気が見られた。
「今日は、もう寝なさい」
少し時間的には寝るには早いが、会話にもならない気がしたので、俊治はそう言って彼女を自分のベッドに寝かせ、自分は、ソファーに眠った。
――明日には、布団を買ってこなければ――
と、明日以降も、静香をここに置いてあげることを前提に考えていた。普通だったら、
――明日から、どうしよう?
と思うのだろうが、どちらかというと、
――明日は明日の風が吹く――
と考える方なので、あまり気にしないようにした。
余計なことは考えるくせに、こういう時は意外と適当だ。それは、買い物をする時にも性格が現れる。
一万円以上のものを買う時は、買うということに関して迷いは生じないが、千円台のものを買う時は、結構買うことに対して考えてしまう。普通なら逆ではないかと思うのだろうが、
「高級なものは、最初から覚悟を決めて買いに行くので、すでに購入に関して迷うことはないが、中途半端な値段のものは、ついつい財布の中身や、その月の計画を考えて、なかなか購入に際して気持ちが定まらない」
という考えを持っている。
「お前は変わっているな」
と、知り合いから言われたことがあるが、
「ただ、理論的に考えているだけだよ」
と答えると、
「それはそうなのかも知れないが、潔いのか、考えが中途半端なのか、よく分からない」
と言われると、少し理不尽ではあるが、
「誰だってそうなんじゃないのか?」
と、吐き捨てるように言うと、
「そんなことはないと思うけど」
と、相手も負けていない。
しかし、それ以上の口論は、水掛け論でしかない。しょせんはその人の性格のことなのだ。
――分かることだけが分かるだけなのだ――
と思うと、話は平行線にしかならない。そう思うと、会話がそれ以上続くことはないと思うのだった。
その晩、俊治はなかなか寝付けなかった。何度も寝返りを打っては、目を覚ます。普段から慣れているわけではないソファーで寝ているというのもあるが、いつもは一人しかいない部屋の中に、もう一人いるというのは、どうしても違和感がある。
それもいるのは女性で、しかも、まだ未成年と来ている。一度このまま寝てしまうと、どんな夢を見るか分からないという思いと、目を覚まして現実に引き戻されると、どんな気持ちになってしまうかを考えると、
――オチオチ寝てもいられない――
と考えるのだった。
何度目かに目を覚ました時、時計を見ると、まだ午前二時くらいだった。彼女と出会ったのは、金曜日だったので、今日は休みになる。朝から、
――仕事に行かないといけない――
という思いにならないだけでもありがたかった。それでもまだ午前二時というのは、まだまだ夜中である。いくら熟睡をしてはいないとはいえ、時間の感覚に狂いがあるというのは、寝ていた証拠だろう。
――そろそろ日が昇るくらいの時間だと思ったのに――
と考えていた。
季節的には、そろそろ初夏が近いと思わせる五月の中旬。この間までGWだったこともあって、人によっては、まだ休みボケが残っている人もいるくらいだ。
さすがに、俊治はこの年になれば、何十回と味わってきたGWだ。それほど気になるものではない。
ただ、毎年GWが長くなってきているように思うのは気のせいだろうか。若い頃には、
――気が付けば、終わっていた――
と、何もなく過ごす休暇を、もったいないと思っていたくせに、この年になれば、いつの間にか終わっていたと感じることが、普通のことに思えて仕方がない。逆に、何事もなく終わってくれた方が気が楽だったりする。それでも、連休前は若い頃と同じように、ワクワクした気分になったりするが、別に気のせいではない。ただ、実際のGWが、
――ただの中身のない休みだ――
というだけのことだった。
ベッドの方を見ていると、静香は向こうを向いて寝ていた。微かだが、寝息が聞こえてくる。少し、寝息の間隔が早いように思え、
――結構疲れていたんだな――
と、感じた。
熟睡しているかどうかまでは分からなかったが、寝ているのを見ていると気持ちよさそうに感じられた。
――俺も彼女を見ていると、眠れるかも知れないな――
だいぶ夜も更けてきてからのことだったが、朝起きて仕事ではないことが安心させたのか、気が付いたら眠りに就いていたようだ。しかも、熟睡していたようで、目が覚めると、部屋に差し込む朝日は、結構眩しかった。
カーテンを引いていても、朝日の眩しい時は、朝日の眩しさで目を覚ます。そのおかげで、休みの日であっても、それほど朝寝坊することはない。少々前の日に夜更かししても、いつもであれば九時までには目を覚ましていた。しかし、その日の朝日の眩しさは、九時どころではなさそうだ。
時計を見ると、そろそろ十時半を差していた。
「こんなに寝ていたのか?」
と思うのと同時に、違和感があった。
「あれ?」
自分がソファーで寝ていることが違和感の原因であり、なぜソファーに寝ているのか、すぐに思い出せなかった。
「あっ」
昨夜からのことをやっと思い出し、なぜ忘れていたのか、自分が不覚に思えて仕方がない。きっとそれだけ熟睡をしていたのだろうが、それまで眠れなかったのがウソのようだ。
今までにも眠れなかったことは何度かあり、そのたびに、気が付けば熟睡をしていたのがいつものパターンだったが、この部屋に今まで他に誰も泊めたことがなかったのもあってか、熟睡してしまったことで、忘れてしまったのだろう。
作品名:タイムアップ・リベンジ 作家名:森本晃次