タイムアップ・リベンジ
十八歳だと聞いて再度静香を見直してみた。
あどけなさは、確かに十八歳に違いない。だが、それ以外の部分で十八歳だと言われて納得できる部分はなかった。それでも、最初にドキッとしただけで、納得できた。つまりは、あどけなさだけで俊治を納得させられるだけの魅力が、そのまま静香の特徴になっていることを表しているのだろう。
俊治は、自分が十八歳の頃を思い出そうとした。
十八歳というと、高校三年生だった。受験勉強以外は頭にはなく、最初に何かを考えることに感情がマヒした時期だった。
――いや、今から思い出すだけでも、一番感覚がマヒしていたのは、あの時だったのかも知れない――
今も感覚がマヒしているとは思っているが、今とは比較にならないような気がする。言葉にすると同じ「感覚がマヒしている」ということになるのだろうが、実際には違う種類のものではないかと、俊治は感じていた。
高校時代の俊治は、受験しか頭になかったわけではない。受験勉強している自分の感覚がマヒしていたと感じたのは、受験勉強がすべてだと思っていたからで、今から思えば少し違ったように思う。
――受験勉強という建前を隠れ蓑にして、何かから逃げていたのかも知れない――
俊治はそんなことまで考えるようになっていた。
――一体何から逃れようとしていたのだろう?
家族の人たちは、
「俊治の受験勉強の邪魔にならないように」
ということで、かなり気を遣ってくれていた。
俊治はそのことを分かっていたので、気を遣ってくれた家族をありがたいと思っていた。
確かに気を遣ってくれていたことは嬉しかったが、そんな中で、違和感が家族の中から感じられたのも事実である。それが、
――不協和音――
という言葉であったことを俊治は感じていた。
実際に離婚までには至らなかったが、家族の中に一度芽生えた不信感は如何ともしがたく、俊治が大学に入学してから家を離れるまで変わらなかった。
両親がその後離婚したという話は聞いていない。今から思えば、
――離婚するだけのエネルギーも残っていなかったのかも知れない――
と感じた。
「離婚には、結婚の時の何倍ものエネルギーが必要だ」
という話を聞いたことがある。
両親は、自分が家を出てからしばらくすれば離婚するものだと思っていた。信じて疑わないというほど確信めいたものがあったはずなのに、それでも離婚しなかったということは、離婚するだけのエネルギーが残っていなかったとしか思えないではないか。
それほど疲れたということだろうか。
疲れたことに関しては、俊治にも責任があるのかも知れない。自分が意図したことではなかったが、受験という期間があったことで、その間に何とか我慢したことを、受験が終わってしまったことで、両親の中で、
――気が抜けた――
のかも知れない。
俊治にとってそれ以降の人生の中で、この時に感じた両親への感情が、想像以上に大きかったということに気が付いたのは最近のことだった。
もっとも、
「その時正しかったどうかは、終わってみなければ分からない」
つまりは、
「歴史が答えを出してくれる」
という考えに通じるのだ。
俊治は、終わっているのか終わっていないのか分からない中で、気が付けば、悟りのようなものを持っていた。それは、自分の中で、
――感覚がマヒしている――
と感じるようになった頃からのことで、
――俺は両親と同じ道を歩むことがなくてよかった――
と思うようになった。
両親に対しての思いは今も昔も変わっていないが、両親に感じたことを、そのまま自分に当て嵌めてみるなどということはしたことがなかった。
それだけ、両親に対して感じていることは、
――自分は自分だ――
という考えをもたらすための、「反面教師」的な意味合いだったのだ。
俊治は四十五歳になるまでの自分が、あっという間だったことをその時に改めて感じていた。静香に出会うことがなくても、あっという間だったということは日ごろから思っていたことだが、改めて感じるというのは、いいことであれ悪いことであれ、新鮮な気がしたのだ。
目の前にいる静香という女性が、十八歳で、どこにも行くところがないと言って、俊治の前に現れたということだけが、その時の「事実」だった。
いろいろなことが頭を巡る。
――静香は昨日までどうしていたのだろう?
普通に考えれば、友達のところを泊まり歩いていたという考えだが、さらにもっと考えれば、泊めてくれる男を探していたと言えなくもない。
――怖くないんだろうか?
知らない男、初めて会う男にお願いをするのだ。当然男は自分が絶対的な優位に立っていることを自覚し、してはいけない妄想を抱くことだろう。
男がどういう動物なのかということは十八歳にもなれば分かるであろう。だが、
「最初だけだわ」
つまりは、
「一度目だけ我慢すれば、あとは慣れてくるだけだ」
と思っているのかも知れない。
ただ、その考えは、その一度の中にも言えることではないだろうか。
「セックスだって、最初だけ我慢できれば、後は大丈夫」
と思っているのかも知れない。
その思いは俊治には分かるような気がした。
――そうだ。感覚をマヒさせてしまえばいいだけのことなんだ――
そして、静香は本当に感覚をマヒさせることができる女の子なのかも知れないと思うのだった。
それは、自分に対しての、
――マインドコントロール――
実際に俊治も自分でできるようになっていると思っていたが、そこまでできるようになるまでに、いろいろな経験と時間が必要だった。
――経験というよりも、時間の方が重要な気がする――
と思った。
経験に関しては、二十代前半までにほとんどしていた気がしたのだが、実際にマインドコントロールを自分でできると感じるようになったのは、三十歳を回ってからのことだった。
その理由は、
――マインドコントロール自体をそれまで意識したこともなく、そんな言葉があることすら知らなかった――
ということだった。
静香がどれほどの経験をしているのか分からないが、十八歳というのは、あまりにも若すぎる。
――幼すぎる――
と言ってもいいくらいだ。
静香のことを見ていると、最初に感じていたよりも、次第に年齢を感じるようになってきた。
十八歳と聞かされて、
――そんなに若いんだ――
と、印象から見ても、かなり十八歳が若いと思っているにも関わらず、さらに年齢を感じるというのは、実年齢から、さらに印象が離れていっているという証拠でもあった。
ただ、それは俊治にとって、今までの自分の経験からいけば、ごく当たり前のことでもあった。
――相手を知れば知るほど、最初に感じていたよりも、年齢を感じるようになるんだった――
ということを思い出したからだ。
それは、時間の経過とともに、自分の感覚が研ぎ澄まされていくことを自覚しているからだった。
――最初に感じていたことよりも、後から考えた方が間違いではない――
と感じる。
考えれば考えるほど、正しい方に向かっているという考えだ。
しかし、これは自分の今までと、矛盾している。
作品名:タイムアップ・リベンジ 作家名:森本晃次