タイムアップ・リベンジ
――俺が人を好きになるというのは、相手の顔や雰囲気というよりも、出会った時の印象だったり、付き合っている時に感じる相手の見せる雰囲気だったりすることなのかも知れない――
と、思えてきた。
そんな感情で人を好きになるというのは、悪いことではないのだろうが、好きになった相手に対して失礼なのではないかと思う。しかし、逆に言えば、それが本当の感情で、今まで自分が違う考えを持っていたのかも知れない。
いや、それが自分だけではなく、他の人も同じであって、本当の感覚を今、俊治だけが気が付いたのかも知れないと思うと、不思議な感覚だった。
――まさか、幹江はそのことを知っていたのだろうか?
今の俊治の前に現れたのは、そのことを今の俊治なら分かるだろうと思い、現れたのであれば、その思いはまんまと成功したことになるだろう。
しかし、これはあまりにも都合のいい考えだったが、ただ、これが一部のことであって、他にももっと気付くことがあり、それを気付かせようと、敢えて、幹江は俊治の前に姿を現したのかも知れない。
もし、神様がいて、死んだ人間が生きている人間と交わってはいけないというルールを決めているのだとすれば、それはお互いの世界を脅かすことを恐れたからであろう。それはお互いに触れあいたいのに触れ合うことができないことで、余計な傷を残すことになるからだ。しかし、この時の俊治と幹江に関してはそんなことはなかった。逆にこの二人のように、お互いの気持ちを確かなものにして、それぞれの生活のためになることであれば、それは大切なことだとして、神様も特例を設けているのかも知れないと感じた。
考えてみれば、俊治は幹江から、
――私は死んでいるの――
と言われても、ビックリすることはなかった。簡単に受け入れることができている自分に不思議な感覚を抱きながらも、来てくれた幹江に感謝している。
「ありがとう」
この一言で、二人の間に隔たりはなくなった。そして、この言葉が幹江の中にどれほどの救いを作ったのか、当の本人である幹江にも想像がつくものではなかった。
「二人だけの秘密よ」
幹江にそう言われた俊治は、ニッコリ笑って頷いた。きっと俊治は幹江のことを誰にも話すことはないだろう。幹江も俊治もそのことだけは確信していた。
ただ、俊治の中で、幹江のことを理解できるのであれば、この五年間、どうして静香と一緒にいることができたのか理解できるような気がしていた。
五年間、余計なことを考えずに静香と一緒に暮らした毎日だったが、自分の中でこの状況を理解していたわけではない。
理解をしていたわけではなかったが、理解できないまでも、この状況を楽しむことはできた。
――楽しければそれでいい――
どこか投げやりに聞こえるが、決してそんなことはない。この思いこそ紛れもない思いであり、静香と、この状況を理解できない自分を納得させるために大切な感情だったのだ。
俊治は、今さらのように思い出しているのは、加奈とはあれだけ喧嘩したが、その後には身体を貪り合っていたのを思い出した。それは、喧嘩したことでお互いに心が離れないように必死に繋ぎとめようとしていたのかも知れない。
幹江に対しては、まったく気持ちは逆だった。
ただ、今気になっているのは、
――俺は幹江を恐れていたような気がする――
何を恐れていたというのだろう? 加奈とは喧嘩することでお互いの気持ちを確かめ合っていたように思うのに、幹江とは喧嘩などすることはなかった。お互いに、
――大人の関係――
だと思っていた。
大人の関係だからこそ、幹江に対して恐れを抱いていたのだ。加奈のことは、行動パターンが分かっていた。喧嘩することでお互いにくせも分かっていたのだろう。しかし、幹江に対しては、相手がどのように出るか分からなかったことで、恐る恐るの態度だったのかも知れない。
――付き合いは長かったはずなのに――
それだけ、失いたくないという思いが強かったのだろうか。しかし、そのわりには、気を遣い合っているという意識はなかったのだ。
――幹江は俊治に対してではなく、加奈に対して気を遣っていたのかも知れないな――
女として女心が分かるということなのだろうか。俊治には分からない感覚だったが、幹江との違いを考えているうちに分かってくるようになっていた。
幹江は、もうこの世にいないのに、俊治の前に現れた。
「俊治さん、私はあなただけのためにこの世に戻ってきたわけではないの。だから時間がないというのは、そういうことなの。でも、これは私にとってのリベンジ。それはあなたと本当はやり直したいという気持ちが心のどこかにあったからなのかも知れないわね。でもその気持ちをすぐには表に出すことはできなかったの。でもあなたのそばにいたいというのは正直な気持ちなのよ。だから、これは私の『タイムアップリベンジ』、つまりは時間制限のあるリベンジなの。でも、私は時間制限になんかこだわりたくない。だから、静香をあなたのそばに連れてきたの」
「静香というのは、一体誰なんだい?」
「静香は、本当なら私とあなたの間に生まれるはずの娘だったのよ。でも、あなたが加奈さんを好きになって、喧嘩別れして私と本当は一緒になるはずだった。でも、そのタイミングが崩れたことで、私は死ぬことになったの。でも、静香は他の人の間に生まれた。でも、彼女は私の想いを残して生まれてきたので、不遇の人生を歩んできたの。だから、私はあなたに、静香を返さなければいけないと思って、私のリベンジを静香に任せることにしたの」
「じゃあ、静香は君のリベンジになるのかい?」
「半分はそうなのかも知れないわね。私の想いが静香には入っているはずだからね。だから、静香はあなたの娘としての気持ちと、あなたを愛する一人の女性としての気持ちを両方持っているの。だから、あなたには、二重人格に見えたかも知れないわ」
「いや、俺には二重人格には見えなかったけど」
というと、幹江は少し考えていた。
「それは、やっぱり、タイムアップが原因なのかもね」
「タイムアップというのは?」
「私がこの世にできることは限られているの。それは力もそうなんだけど、時間的にも限られているのよね。でも、私一人なら限られた時間なんだけど、静香は限られていないの。だって、静香は生きているんですからね。でも、私があなたの前に現れる時間は限られているの。だから、現れるタイミングも難しいの。今まで五年間、静香があなたのそばにいて、私が現れなかったのは、そういうことなのよ。今のあなただから、私は現れたの」
今の俊治に一体どういうポイントがあるというのだろう。
――そうか、幹江は今なら、自分の言うことを俺が信じてくれると思ったんだ。いきなりだと絶対に俺が信じないと思ったんだろうな。確かに今なら幹江のことも、静香のことも分かる気がする。やっぱり、幹江は俺のことを一番よく分かっているんだ――
と感じた。
「分かった。静香は俺がずっとそばにいてあげることにする。でも、結婚したいなんて言われたら、俺、どうなっちゃんだろうな?」
作品名:タイムアップ・リベンジ 作家名:森本晃次