タイムアップ・リベンジ
肩よりも長く、綺麗なストレートロングの黒髪は、俊治にとってドキッとさせられるほどだった。
実は、最初に彼女を見た時にも、ドキッとしていた。それは、髪の毛がしな垂れていたのを見たからで、言葉は悪いが、エロく見えたのだ。それが綺麗に乾かされた髪の毛を見ると、今度は、可愛らしさの中に大人っぽさを感じさせる髪型に、ドキッとさせられたのだ。
髪の毛を乾かした彼女の雰囲気をあらかじめ想像していた。
それは、
――大人っぽさの中に、可愛らしいあどけなさを見つけることができるのではないだろうか――
と思っていたが、実際にはその逆だった。
発音としてのニュアンスは似ているが、実際に感じてみると、まったく想像とは違っていた。その時点で、
――彼女は、捉えどころのない魅力を秘めているんだ――
と感じた。
捉えどころのない魅力とは、自分を納得させることができるかどうか分からないほど、彼女の魅力が未知数だということだ。俊治は、自分の発想が、すべて自分を納得させられるものだとは思っていなかったが、以前よりはかなり納得させられるものだと思うようになってきた。それは、感覚がマヒしていると感じるほど、他人事のように思うようになったからである。そういう意味でも、他人事のように思うことが悪いことだとは、正直思えなくなっていたのだ。
「せめて、名前だけでも教えてくれると嬉しいんだけどな」
俊治は、彼女に訊ねた。
「静香」
彼女は一言、そう言って、少し黙ってしまった。
「静香ちゃんか、いいお名前だね。僕は俊治。木村俊治と言います。よろしくね」
静香のその一言は、まるでひねり出すような言葉だった。名前を言うだけで、そこまで必死にならなければいけないのはなぜなのか、俊治には想像もつかなかった。
――でも、苗字は?
今、必要以上のことを聞いてはいけない気がした。
「お風呂、入れてくるから、ちょっと待っててね」
と、言って俊治が立ち上がった時、静香は何も言わなかった。ただ、静香に背中を向けて立ちあがった時、俊治の背中に熱いほどの視線を感じた。
――こんな鋭い視線を浴びるの久しぶりだな――
今までの俊治はずっと一人だったこともあって、人と会話することがあるとすれば、ほとんどが、会社で仕事をする時だけだったからだ。
だが、久しぶりだと思った瞬間、
――本当にそうだったのかな?
と感じた。
まるで昨日も同じような視線を感じたような気がしたからだ。しかも、その感覚は、一瞬感じただけではなく、まるで余韻のように頭の中に残っていたのだ。
――耳鳴りのように響いている――
耳が感じたわけではないのに、響きを感じる。それは、余韻という意識がそうさせるのだろうが、余韻が残っているということは、
――まるで昨日も感じたような気がする――
と感じたのも、まんざらではないような気がしていた。
風呂場から帰ってくると、彼女は最初に感じたよりもさらに小さくなっていた。それはかしこまっていたからだというわけではない、普通にしているのに、なぜか大きさを感じないのだ。
――背筋が曲がっているわけでもないのに――
と思って静香を見つめていると、またしても、静香の視線を感じた。
今度は正面からの視線なので、ハッキリと彼女の目力を感じる。
だが、先ほど背中に感じたほどの力を正面からの目力で感じることはできない。
――確かに静香は他の女の子に比べれば、目力は強いように思えるが、背中が感じるほどの鋭さではない。正面から見て感じることのできる、ただそれだけの力でしかないんだ――
と感じた。
――この娘は一体いくつなんだろう?
最初に感じたのは、二十五歳くらいではないかと思った。しかし、部屋に連れて帰って髪の毛を拭いて、着替えを終わってからこちらを見上げる表情から考えれば、もっと若く見える。
――まさか、未成年?
とも思えるくらいだった。
だが、自分も四十五歳を超えた立派なおじさんなのだ。若い女の子の年齢を簡単に言い当てられるほどではないだろう。
だが俊治は、
――俺の年齢は、二十五歳から動いていないんだ――
と思っていた。だから、彼女の年齢を分かるとすれば、同じ年齢の男性であれば、自分しかいないと思っている。
――ずっと一人暮らしをしてきて、余計なことを考えないようになると、悟りのようなものが出てくるのかも知れない――
と感じていた。
だが、今までの人生に後悔がないなどとは思っていない。後悔だらけというわけでもない。ただ、一つの後悔がずっと尾を引いているのは間違いないことだ。それは俊治にだけ限ったことではないだろう。
俊治は、どこの誰とも分からない静香を家に連れてきて、今ここで一緒にいることに対して、気持ちがマヒしていないことを感じていた。そう簡単に信じられるような出来事ではないが、自分を納得させられないことではないような気がしていた。
――自分を納得させるって、どういうことなのだろう?
俊治はそんなことを考えながら、その時、目の前の静香を見下ろしている自分を感じていた。
「静香ちゃんは、一体いくつなんだい?」
思い切って聞いてみた。
自分の年齢が二十五歳から動いていないと感じていながらも、実際の身体が進行していないとは思っていない。体力や見た目、そして体調などは、すべて今の四十五歳にふさわしいのではないかと感じているからだ。
四十五歳の目から見て、若い女の子の年齢など、想像するのは難しかった。もっとも、昔から女性の年齢を想像するのは苦手で、若い頃の方が、女性の年齢が分からなかったであろう。
特に年上の女性は分からなかった。三十歳を超えていると思っても、それが四十歳に近いのか、下手をすれば、四十後半でも分からないに違いない。
そんな俊治は、今さら若い女の子の年齢を想像することになるなど思ってもみなかったので、逆に想像してみるのも楽しかった。二十五歳から止まってしまった年齢は、俊治に「孤独」しか与えなかった。
だが、孤独が悪いことだけだとは思っていない。途中までは孤独がそのまま寂しさに繋がって、前を見ている限り、
――永遠に逃れることができないのが、孤独という「この世の地獄」なのだ――
とまで思っていた。
前が見えないことほど怖いものはない。
いや、怖いというよりも気持ち悪いと言った方が正解なのかも知れない。
俊治は、怖さよりも気持ち悪さの方に、恐怖を感じる。それは、
――前が見えない――
という感覚を思い浮かべた時に感じるものだった。
孤独は怖さよりも、気持ち悪いものである。それが逃れることのできないという気持ちから繋がっているのだ。
静香に年齢を訊ねてから答えが返ってくるまでのほんの短い間、それだけのことを考えていた。
少しだけ考える間があった静香は、聞き取れるにはギリギリの小さな声で呟いた。
「十八歳です」
一瞬、ビックリしたのか、ドキッとした感じだったが、すぐに落ち着いて、自分が考えていた最低ラインの年齢であることを知った。
別に十八歳だからどうだという問題ではない。自分が想像した年齢の間に入っているかどうかだけが、俊治にとっての問題だったのだ。
作品名:タイムアップ・リベンジ 作家名:森本晃次