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タイムアップ・リベンジ

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 きっと相手も同じ気持ちなのだろうと思っていた。それだけに気まずさがあるのだと思っていたが、最近は少し違った思いに駆られることがある。
――相手はきっと割り切っていて、自分よりも先に進んでいるんだ――
 自分だけが取り残されたようで、それが悔しい。付き合っている時は、男の自分が先に進んでいると思っていただけに、置いてけぼりにされることは、屈辱でもあるのだ。
 屈辱が焦りに変わってくるというのは、屈辱がどういうものなのか、自分で分かっていないからだ。分かっているのは、
――その場から一刻も早く逃げ出したいと思うだろうな――
 という思いだけだった。
 それまで、一番正直に自分を出せる相手だと思っていたのに、急に一番分からない人になってしまったということがどれほどショックなことなのか、俊治はその時身に沁みて分かっていた。しかし、見当違いの感覚に今となって考えれば、悩んでいたことが時間の無駄だったということを思い知らされたのだ。
 亜季との間のことは、どうしても、バーチャルから繋がったことなので、幻想的に思えてくる。ある意味、ショックは加奈や幹江と別れた時に比べて、さほどではない。
 しかし、今度は俊治の中にそれまでにはなかった「屈辱感」があった。
 あれだけ自分を慕っていてくれたはずの加奈が、一番戻るはずのない場所に戻ってしまった。
「ごめんなさい」
 などという言葉で片づけられるものではない。相手からすれば、その言葉しかないのだろうが、本人にとっては、これ以上の屈辱はないのだ。
――ごめんなさいって、一体何がごめんなさいなんだ――
 屈辱を受けると、自分を納得させることができない。それが屈辱の一番厄介なところなのだろうと思う。この場合の屈辱は、
――置き去りにされたこと――
 ではないだろうか?
 自分が信じた相手に裏切られた。それが置き去りに繋がり、受け入れることのできない思いを心に刻んでしまうに違いなかった。
――何も信じられない――
 そんな気持ちにさせられても仕方のないことだろう。
 同じ、
「ごめんなさい」
 という言葉でも、加奈に言われた時と、亜季に言われたのとでは、まったくの正反対だった。そう思った時、だいぶ前のことだと思っていた加奈との思い出がまるで昨日のことのように思い出され、亜季とのことが、かなり昔のことのように感じられた。
 しかし実際の思い出は亜季との思い出がクッキリと残っている。それは身体に刻み込まれた
――触れ合い――
 という感覚が、五感をくすぐるからに違いなかった。
――身体と精神のバランスが崩れている――
 そんなことを感じる時がいつかやってくると思っていたが、それがちょうどその時だったようだ。身体と精神のバランスが崩れれば、きっと身体が言うことをきかなくなるのではないかと思っていたが、存外そうでもなかったようだ。
 ただ、亜季が自分の前から去ってから、かなりのショックに見舞われた。加奈や幹江と別れた時よりもひどかったような気がする。しかし、立ち直ってみると、亜季と出会う前に比べて、少し気が楽になったような気がする。亜季と出会うまでは、自分が孤独で寂しい人間だと思っていたが、亜季との別れから立ち直ってからは、孤独は感じるが、寂しさに関しては感覚がマヒしているように思えたのだ。
 寂しさがマヒして感じられるようになると、
――また、いつでも新しい相手に出会えるさ――
 と思うようになった。
 別れが伴っていることは分かっているのに、それでも構わない。今度は別れが伴っても、今までのようなショックを受けることはないと思っていた。それは、今まで付き合っていた相手に対して、自分が本当に愛していたと言いきれるのかどうかということに掛かっているようだった。
――今まで本当に愛した相手なんて、いないんじゃないかな?
 と俊治は思っている。もし、本当に愛する相手が現れたとすれば、きっと、限りない愛情などという言葉を信じることなどないと思ったからだ。
――本当に愛する相手と一緒にいられる期間というのは、決まっているんだ――
 どうしてそんなことを感じたのだというのだろう? 
――時間が決まっているからこそ、燃え上がるだけの力を持つことができるというのだろうか?
 愛なんて、そんな格好のいい言葉で割り切れるものではない。もし割り切れるのだとすれば、理不尽なことは最初から起こらないに違いないからだ。
「世の中、すべてのことがうまくいくわけはないんだ。それなら戦争や殺人なんて起こらないよ」
 と、言っている人をテレビで見たような気がしたが、漠然と見ていたテレビから流れてきた言葉だったので、必要以上に意識はしていなかったが、後になってからの方がしみじみ思い出せるというのはこのことなのか、どこか投げやりな言い方ではあるが、心の奥で響くものがあった。
 愛というものが本当に存在するとするのなら、確かに限りがあったとしても不思議ではない。では何に対して限りがあるというのか? 俊治は、時間的なものの限りだと思っている。しかも時間というものが無限だと思っている考え方自体、どこまで信じられるか、考えてしまう。
――時間というものは、雁字搦めになっているくらい制限のあるものだ――
 と思っているのは、本当に俊治だけなのだろうか……。

                 第四章 タイムアップ・リベンジ

 バーチャルの世界は、実体のないもの。実体のない世界だから、見たり聞いたり体験したものは、すべてが架空だという発想は性急すぎる。
 亜季とのことは、ずっとショックだったが、ショックから立ち直ってみると、架空の世界にいた自分を想像してしまう。つまりは、あの時の自分は存在しなかったという発想になり、本当に他人事にしか思えないのだ。それからの俊治は、バーチャルはおろか、現実世界ですら、すべてを架空のことのように思えている。孤独は感じるが、寂しさは感じないというのは、そういう意識から生まれたものなのかも知れない。
 そんな俊治が、この五年間、静香と一緒に暮らしてきた。寂しさは感じなかったが、相変わらず孤独であることには変わりなかった。静香とは同居人という意識が強く、感情を表に出してはいけないという思いが強かった。
 自分の年齢が二十五歳から動いていないと思っていたのは、亜季とのことが自分のことではないという意識があってのことでもあるが、やはり、幹江や加奈との別れが俊治にとって大きな影響を与えていたのは間違いのないことだった。
 自分の人生の中でバーチャルな世界が存在したのは間違いのないことだった。バーチャルな世界を味わったからであろうか、
――限りのないものなど、存在しない――
 という考えが、頭の中で芽生えてきているようだった。ハッキリとした認識があったわけではないが、現実とバーチャルの区別がつかない時が、自分の中で確かに幸せだった時期として存在していたのだ。