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タイムアップ・リベンジ

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「そんなことはないさ。ここにいると、いるだけで、何かその時の悟りのようなものを感じる気がするんだ。ただ、その時だけしか有効期限のない悟りなんだけどね」
「やっぱり、バーチャルなんだな」
「そうさ、どこまでそう思えるか、それが問題さ」
「俺は、いろいろあった中で、ネットから離れようと思ったんだけど、結局戻ってきたんだよな。お前はずっといたんだよな?」
「俺も離れようと思って、実際に離れた時期があった。ただ、それは自分の目標に向かって進んでいる時だったので、それはそれでよかったと思うけど、目標を達成してみたら、気が付けば、またここにいたんだ。でも、その期間、俺が来なくなっていたことに気が付いたやつはほとんどいなかった。おかしなものだよ」
 彼の話を聞いているうちに、自分が浦島太郎になったような気がしていた。そして、取り残されたという意識がよみがえってきて、
――今までに、何度自分が取り残されたと感じたのだろう?
 と思ったのだった。
 だが、今さら、昔いたチャットに戻ってきたからといって、そこに自分の居場所がないことは最初から百も承知のはずだった。それでも、
――昔いた人を一人でも見つけられたら――
 と思っていた。
 見つけたからと言って、嬉しいわけではない。ただ話が聞きたかったのだ。彼がどんな気持ちだったのか、最初は同じ地点から出発して、同じ時間、違う環境でどのような心境になって行ったかということを知りたかったのだ。
 ただ彼がこの場所にいたというだけで、別に同じ出発点からであれば、誰でもよかったのかも知れない。
「ただ、俺が最近感じているのは、『物事には、タイムアップがある』ということなんだ」
「どういうこと?」
「過去から何かを引きづっているとすると、それを解消するには、カウントダウンのようなものがあって、いずれタイムアップするようなイメージを感じるんだ」
「じゃあ、君も何かを引きづっているということ?」
「たいていの人は、一つや二つ、過去から引きづっているものがあるんじゃないかな? その時に解決できないことはすべて、過去から引きづっているものなのさ」
 言われてみればその通りだった。
 過去から引きづっているものを、どのように考えるかによって、生き方も変わってくる。一気に生活を変えてみようと思うのか、それとも、今のままを貫こうとするのか、その人の性格によっても変わってくるが、それよりも、その時々の心境の違いは、結構大きいに違いない。
「君は、この場所に今もいるということは、何かを貫こうという思いがあったのかい?」
「そこまで大きな感情はないさ。いろいろ考えたり、環境を変えてみようと思ったりしても、結局は同じこと、何かが変わるわけではない。そう思うと、却って環境を変えることを僕は拒んだだけだよ」
「俺は、環境を変えたかったわけじゃない。どちらかというと、環境が変わったのは必然だったというべきなのかも知れないな。不謹慎な言い方かも知れないけど、環境に飽きてきたという言い方が一番ふさわしいのかも知れない。そう思うと、またここに戻ってきたとしても、それは、ぐるっと回って気が付けばここにいたという程度のものなのかも知れない」
「偶然だというのかい?」
「偶然というわけではないが、しいて言えば、『何かの大きな力に導かれた』という感じになるのかな?」
「僕はあまり、そんな風には考えたくないんだ。納得できないことを納得させるための言い訳のようにしか聞こえないのでね」
 さすがにズバリと言われれば、言い返す言葉もなかった。本当なら、そこまで言われれば、もっと怒ってもいいのかも知れないが、俊治は不思議と怒りがこみ上げてこない。
――こいつのこの言葉は俺に言っているというよりも、自分に言い聞かせているように感じるからな――
 と思うことで、怒りがこみ上げてこないのだ。
 彼との会話は、声に出したものではなく、メッセンジャーでの文字によるやり取りだった。
 もし、これが声での会話であれば、ひょっとするとここまで続かなかったかも知れない。それだけ二人の考え方は違っていた。同じところを目指しているのかも知れないが、歩み寄れる範囲ではないと思えてきたのだ。
 最後のセリフはそれを決定づけた。
 その思いが、怒りとして残らなかったからだ。
――彼が言わなければ、俺が挑発していただけのことだ――
 と、感じた。
 こんな話をしていると、俊治はもうこれ以上、彼に関わりたくないと思うし、チャットにも顔を出すことはないだろうと思うようになっていた。ただ気になっていたのは、彼が言っていた、
「タイムアップ」
 という言葉だったのだ。
 彼と話をしていると、亜季のことを思い出していた。
――もし、亜季が主婦でなければ、どうなっていただろう?
 そもそも、チャットをしていたとして、同じ年代の人との話になるだろうか? 他に趣味を持って、趣味の話ができる部屋に入るのではないだろうか。
 いろいろ考えてみたが、
――亜季が主婦でなくても、やっぱり、同じ部屋に来ていただろうな――
 と感じた。
 俊治と知り合って、メッセンジャーで話をするくらいにまではなっていたかも知れない。しかし、そこで俊治に対して恋愛感情を抱くかどうか、疑問だった。
――亜季は主婦だから、俺を選んだのかも知れない――
 独身の目で見ていれば、もっと他に好きになる人がいたかも知れない。ひょっとすると、妻帯者を好きになったりするかも知れないと思うと、不思議な感覚だった。自分に持っていないものを持っている相手に惹かれるというのは、よくあることだ。
 そう言えば、亜季がおかしなことを言っていた。
「私、時間ないのよね」
「えっ?」
 思わず聞き返したが、すぐに照れ笑いしたかのように、
「いえいえ、何でもありません」
 と、否定した。
 最初は、何かの病気なのかも知れないと思い、もしそうなら、少し気弱になっているところに自分が入りこんでしまったのかも知れないと思った。そうであるならば、亜季と別れることはない。つまりは、亜季の方から別れるということを言い出すはずもないと思っていた。
 しかし、実際には、ハッキリと別れると口にしたわけではないが、明らかに亜季の方から別れを切り出したようなものだった。最終的に家族の元に帰っていく亜季の背中を見なければいけない俊治は、一体、どんな表情をしたらいいのだろう?
 亜季は病気ではなかったのだ。ただ、心の病であったことに違いはないが……。
――では何故、時間がないと言ったのだろう?
 俊治は、考えていた。
 切羽詰ったような言い方ではなく、さりげなくボソッと呟いたのだ。ひょっとすると、口走ったことを、本人も意識していない。
――あの時に、自分の将来が見えたのかも知れない――
 とも感じた。
 自分の将来というのは、いずれは自分の元の家庭に帰ってしまうということである。そう考えれば、俊治とのことに、
――時間がない――
 と言ったことも頷ける。
 そして、俊治にそのことを正された時、咄嗟に誤魔化そうとしたのも、分からないわけではない。