小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

タイムアップ・リベンジ

INDEX|23ページ/33ページ|

次のページ前のページ
 

 なぜなら、亜季は心の中でそのことを望んでいるからだ。
 得てして自分一人で頑なに拒否していると、後ろから誰かが近づいてきても分からないだろう。その人から背中を押されて前に出たとしても、背中を押されたという意識すらなかったのではないだろうか。
 最初は本当に硬くなだった亜季だったが、ある日急に、
「克也さん、会ってください」
 と言ってきた。
 その頃にはすでに、電話で話をするくらいにはなっていた。
「旦那に携帯見られたりしないのかい?」
 と聞くと、
「もう、そんなこともしなくなったわ」
 と言っていた。
 最初はそれがなぜなのか分からなかったが、どうやら、亜季の旦那の方も不倫をしていたようだ。
「私もあなたと不倫することで、ダブル不倫だわ」
 と言って、ほとんど諦めの境地なのか、
「私は不良主婦です」
 と言わんばかりに、想像していた亜季とは違い、
――根性の座った女性――
 というイメージを抱かせた。
――こんな女だったんだ――
 と、少し失望したのは事実だったが、却ってこんな女だと思った方が俊治も気が楽だった。
「会おうよ」
 と誘った手前ではあったが、さすがに後ろめたさがなかったわけではない。しかし、旦那が不倫しているからということで、今まで頑なだった女が豹変したのだから、背徳感も薄れていった。
 ただ、彼女が会おうと決心したのは、旦那の不倫だけが原因ではなかった。彼女にはメッセで話をしている女性がいた。もちろん、チャットでは話をしたことがある女性だったが、どうやら彼女が背中を押したようだった。
「こんな私でもいいの?」
 会ってからずっと
――不良主婦――
 を演じてきた亜季が、流れに任せるかのように、ホテルの部屋に入ると、急に大人しくなって、借りてきたネコのようになってしまった。それまでの不良ぶりが板についていたことから、完全にペースに飲まれてしまっていた俊治は、ホテルの部屋にいつの間にか、連れ込まれたような気分になっていた。だが、ホテルに入ってからの亜季は、チャットやメッセで話をしている、
――気が弱い主婦――
 になっていた。急に背徳感がよみがえってきたが、ここまで来ると、すでに自分を抑えることはできなくなっていた。それは、亜季も同じことのようだった。
 亜季にとって、俊治はちょっとした火遊びだったのかも知れない。俊治としても、最初は相手が主婦だからと思って、女性として意識していなかった。元々がネットで相手の顔が見えない仲、恋愛感情になるなどありえないと思っていた。
 しかし、気が付けば、会いたいと思うようになり、会ってから、どんなデートをしようかなどと、勝手な妄想をしていた。相手は主婦なので。デートと言っても、お忍びでしかできないのが分かっていながら、妄想を繰り返していた。
 後から思うと、かなり早い段階から、亜季に対して恋愛感情を抱いていたような気がする。
 ネットだからこそ、相手が見えないからこそ、想像は妄想に変わってくる。お互いにいい印象だけしか持っていないので、もし会った時に、
――ガッカリしないようにしよう――
 と思っていたが、そう思っていたからこそ、会った時に感じたときめきは、ひと際大きかったように思う。
「本当、文字や声ではいつも一緒だと思っていたけど、実際に会うのは初めてなのに、初めて会うような気がしないのよ」
 と、亜季は言ってくれた。
「俺だって」
 自分の気持ちをそのまま表現してくれた亜季に対し、余計な言葉は必要なかった。自分の言いたいことを、亜季がすべて言ってくれるような気がしたからだ。
 二人が会いたいと思ったのはチャット仲間との決別という意味でも大事なことだった。
 二人が急接近したのも、元はと言えば、チャット仲間で作っている、
――派閥のようなもの――
 が影響していた。
 俊治にとって亜季は、派閥に対してウンザリしている自分の気持ちを一番分かってくれる相手であり、話をしているうちに、自分のことを慕ってくれているのが分かってくると、亜季が主婦であるという意識が次第に薄れてくる存在になっていた。
 しかし、それでも、
――彼女は主婦なんだ――
 と、自分に言い聞かせていたが、次第に彼女が家庭のことを話してくれるようになると、複雑な気分になってきた。
 家庭のことを話さないのが、チャットのルールのように思っていたが、それはあくまでもオープンチャットでの話であって、全体の雰囲気を壊しかねないことから、あまり家庭のことを話さないのが暗黙のルールのようになっていた。
 しかし、俊治と亜季はメッセンジャーで繋がることで、他の人から隔離された二人だけの世界を作ることができた。
 それでも、亜季がどう思っていたのか分からないが、俊治としてみれば、
――自分は自由だが、亜季には家庭がある。壊してはいけない――
 という思いがあった。
 それは、あくまでも亜季が自分の家庭を後ろに背負っているという感覚がある間だけのことである。いくら仲が良くなったと言っても、ネットの世界で知り合った相手、会うまではバーチャルでしかないのだ。
 しかし、本当に会ってしまうと、今度は、そこから引き返すことはできなくなる。ある程度お互いを知った上で会うのだから、それなりの覚悟が必要であろう。
 それは、亜季にとってもちろんのことだが、俊治にとっても同じこと、会う以上、
――責任がまったくない――
 などということはできないのである。
 ホテルでの亜季は、何かを忘れてしまいたいという気持ちが強く、しがみついてきた。そんな亜季を愛おしく思うようになった俊治は、亜季と会ったことを後悔しなくなっていた。
「あなたには迷惑を掛けない」
 という言葉を聞いて、ずっとそれを信じていた。
 亜季は、俊治に対して、確かに迷惑を掛けることはなかった。俊治も自分から連絡を取ることはなく、いつも連絡は亜季の方からだった。
――相手の旦那も不倫しているんだから、自分は堂々としていればいいんだ――
 という思いから、亜季に迷惑を掛けられるという思いは正直なかったのだ。
 亜季と一緒にいるようになってから、俊治は少し変わってきた気がした。
 お互いに好きになっているのは間違いないが、亜季が何を考えているのか分からない。
 最初は、
――近い将来、離婚するんだ――
 と思っていた。ただ、亜季が離婚したからと言って、堂々と付き合うことができるようにはなるが、だからといって、亜季と結婚しようというような気持ちは薄かった。
――俺の方が立場的には強いんだよな――
 独身で、バツもついていない男である。相手は、今は主婦だが、離婚すればバツが付くことになる。そういう意味での立場を計算に入れている自分が、時々虚しく感じることもあった。
 ただ、亜季を見ていて、時々自分が孤独であることに気付かされることがあった。確かに亜季は、家庭に嫌気が差していて、俊治を心の拠り所として頼ってきてくれている。
 それはとても嬉しくて、男冥利に尽きるのだが、それでも、どんな家庭であっても、帰るところがあるのを羨ましく感じるのだ。
――ひょっとして、俺は運命に踊らされているだけなのかな?
 と、感じることもあった。